西友について調べてみた件

合同会社西友(せいゆう、英称:Seiyu GK.)は、東京都を拠点としてスーパーマーケットチェーン、ゼネラルマーチャンダイズストア (GMS) を全国展開する企業である。セゾングループを経て、現在はウォルマートの日本法人(子会社等にあたる)。

来歴

セゾングループ時代

旧西武グループ・西武百貨店が1956年(昭和31年)2月に資本金500万円で西武ストアーを設立して支店よりも小型の店舗を分店として出店したのが始まりである。

同年6月に出店した静岡駅西口の真向いに開設された静岡ホテルの一角に静岡店を開設したほか、1957年(昭和32年)2月には平市字田町(現・いわき市平字田町)に平店を西武ストアーとして開設するなど10店舗を展開した。ただし、セルフサービス方式の導入やチェーンストアオペレーションは確立されておらず、実質的には対面販売の百貨店方式の小型店舗が多店舗展開されていた。

1963年(昭和38年)4月1日にいったん西興ストアーと改称した後、同年4月19日に再び改称して資本金2000万円で株式会社西友ストアーが設立され、西武百貨店から土浦店やひばりヶ丘店などの10店の分店を継承してスーパーマーケットチェーン事業を行うことになった。

この西友ストアーの設立に当たっては、本部を中野区江古田の「西武百貨店配送センター」の2階に本部を開設すると共に、西友ストアーに従事する社員は全員西武百貨店から転籍して西友ストアーの業務に専念する体制を採り、本格的な事業展開を図ることになった。

また、本部内に商品部を置いて集中仕入れを行うなどチェーンストアとしての組織整備を進めると共に、食品と非食品をほぼ50%ずつという商品構成とするなど経営方針の明確化も図った。

西友ストアー設立と並行して1963年(昭和38年)5月には伊藤忠商事と合弁で西武百貨店が60%を出資して「株式会社マイマート」を設立し、出店エリアについて協定を結んでマイマートが東急グループの地盤である中央線沿線に出店して西友ストアーと住み分けながら、共にスーパーマーケットのチェーン展開をして行くことになった。

このマイマートは食品スーパーを目指して展開されたため、各店舗の規模は売り場面積約400坪から500坪程度で展開されていた。

西友ストアーが設立されたころにはちょうど西武鉄道が駅舎改築を進めていた時期に重なったうえ、堤康次郎の指示により同社の全面的な支援が受けられたことにより、西友ストアーは設立から1966年(昭和41年)までの間は西武線沿線への出店を進める形となった。

西友ストアーは衣料品なども扱う大型の総合スーパー形態の店舗も運営して1968年(昭和43年)12月に累積欠損を一掃して黒字転換を果たすと共に、対前年比で約54%増とマイマートの約27%の約2倍の伸び率を示すなど業績面で優位に立ったことから、マイマート側でも総合スーパーへの路線転換が意識されるようになり、1969年(昭和44年)3月にマイマートを吸収合併して西友ストアーに一本化されることになった。

1969年(昭和44年)に東京都府中市に西友流通センターを開設して全商品を単品管理して店舗などにおける在庫削減を目指すなど早くから在庫や物流を含めた組織化・合理化を進めて行った。

西武百貨店が北陸地方の地場百貨店大和と提携していたため、同社の紹介で金沢の呉服太物商から始まった地場資本の衣料スーパーいとはん(後の北陸ジャスコ)と1970年(昭和45年)11月に提携し、1970年(昭和45年)12月に小松駅前に竣工した尚成ビルに小松店を開店して北陸へ進出することになった。

1970年(昭和45年)7月9日に「株式会社西友ストアー関西」を設立して1971年(昭和46年)3月にはコマストアー(京都・大阪に店舗)を吸収合併し、同年10月には西友ストアーが60%で魚力40%を出資して資本金1000万円で株式会社西友ストアー長野(後のエス・エス・ブイ)を設立するなど、関西や長野へも地場資本のスーパーと提携・合併する形で進出を図った。

しかし、西友ストアーが富山店を大和富山店のすぐ近くに出店したことがきっかけとなって1976年(昭和51年)8月に提携が解消となるなど北陸地区での展開は順調にはいかなかった。

また、1973年(昭和48年)12月に清水店、1974年(昭和49年)6月に大分西友、1975年(昭和50年)4月に中込西友甲府店、同年6月に前橋店、同年9月に郡山店と相次いで地方百貨店型の店舗を出店して地方進出を図り、全国展開を目指した。

なかでも、1977年(昭和52年)6月に開店した「西武春日井ショッピングセンター」は開業後の数年間連続して対前年比で二桁の売上増を記録するなど大きな成功を収めた。

1971年(昭和46年)に西友ラインとして独自商品の開発を開始し、1980年(昭和55年)12月5日から「無印良品」の第一弾として37品目を発売するなど独自商品の開発を進めた。

1981年(昭和56年)に「故郷銘品」、1983年(昭和58年)に「主婦の目商品」、1984年(昭和59年)に「食の幸」など幅広い分野で独自商品の開発を進めた。

1970年代末頃からは成熟した消費者を前提とした考え方に則って品質の高い商品の提供を行うことを目指した「質販店」を提唱し、百貨店感覚の洒落た商品を含めて提供することで単なる大量販売を行う量販店とは異なる店舗を目指した。

1973年(昭和48年)9月にコンビニエンスストアのファミリーマート実験第1号店入曽店を埼玉県狭山市に開店し、1978年(昭和53年)3月にファミリーマート事業部を発足させ、1981年(昭和56年)9月にファミリーマートへ同事業を譲渡して独立させ、コンビニエンスストア大手の一つに成長させた。

1975年(昭和50年)に惣菜事業に参入し、1986年(昭和61年)に資本金2億円で惣菜製造の若菜を設立して独立させた。

1980年(昭和55年)12月5日に発売したプライベートブランドの無印良品も1989年(平成元年)に100%出資子会社の「良品計画」を設立して1990年(平成2年)には無印良品の営業権を同社へ譲渡して小売事業として独立させるなど関連事業の育成・展開も進められた。

1960年代に創業者である堤康次郎の死去により西武鉄道グループから分裂し、堤清二率いるセゾングループの中核企業として規模拡大を押し進めた。

バブル期の1988年(昭和63年)9月30日にはインターコンチネンタルホテルズを買収して子会社化するなどグループの規模拡大の中核を担った。

しかし、バブル崩壊後に傘下のノンバンク「東京シティファイナンス」が多額の不良債権を抱えたことにより、ピーク時には約1兆2000億円の連結有利子負債を抱えるなど危機的状況に陥ることになった。

そのため、当時90社あった関連企業を不採算企業の整理などで25社まで減らすこととなり、1998年(平成10年)上期にまず錦糸町西武やウェルセーブなど関係会社9社を清算することになった。

この「東京シティファイナンス」の不良債権処理の際には同社自身が約1300億円、金融機関による債権放棄約2000億円のほか、西友が約2800億円を負担することになった。

そのため、1998年(平成10年)に西友からスピンオフしていたファミリーマートや良品計画、インターコンチネンタルホテルグループなどの保有株式の大半を売却することになった。

この際のインターコンチネンタルホテル売却では1億2200万ドルの売却益を計上しており、他の売却案件と同じくその収益は関係会社の整理損失のカバーに当てられている。

この「東京シティファイナンス」の不良債権処理は、西洋環境開発と併せてセゾングループ解体の引き金となった。

住友商事と業務・資本提携と食品スーパーの大量出店

本業の総合小売事業でも赤字店舗の大量閉鎖や百貨店業態店舗を総合スーパーのリヴィンへ業態転換して外商部門の廃止を行うなど規模の縮小も含めた事業再編を進め、2000年(平成12年)2月期に東京シティファイナンスを含む約1200億円の特別損失を計上して3期連続の赤字となるなど業績・財務の悪化が続くことになった。

こうした業績と財務の悪化に対応するため1999年(平成11年)度から資金回収が早い食品スーパーの出店に乗り出し、1999年(平成11年)度に7店、2000年(平成12年)度上期に10店、下期に25店と出店を加速させた。

こうしたスーパーマーケット事業への注力と資本強化の両面から、2000年(平成12年)4月に住友商事と業務・資本提携し、同社が持株比率11.83%の筆頭株主となった。

住友商事は既にSMを展開するサミットも運営しており、西友も含めて首都圏のスーパーマーケット戦略を進める構想だった。

その構想の一環として、同年8月31日にはエス・エス・ブイの株式を5%取得して子会社化し、翌日9月1日に九州8店を分社化して九州西友を設立するなど事業の再編を進めた。

2000年(平成12年)5月1日には「ネットスーパー」を開業して順調に立ち上げ、大手スーパーの中では同事業で先行することになった。

また、既存の店舗網を維持しながら出店速度を上げるため、2000年(平成12年)9月26日に9店舗の証券化によって320億円の資金を調達することを決めるなど、店舗の証券化による資金調達でも大手スーパーとしては先行する形となった。

2001年(平成13年)3月1日には道内11店舗を分社化して北海道西友を設立し、地域毎の分社化・分権化による地域特性に対応した営業体制の構築を目指した。

自社物流にこだわってきた方針を転換してメーカーや卸による物流を導入し、2000年(平成12年)10月20日に「伊藤忠食品座間加工食品センター」を稼働させて委託を開始したのを皮切りに2001年(平成13年)1月29日に菱食へ委託したほか、国分へも委託を進め、同年12月に府中物流センターを子会社に譲渡して閉鎖するなど物流体制の再編も並行して行われた。

2001年(平成13年)8月28日には福岡の百貨店岩田屋が保有する地場スーパーサニーの株式を買収して傘下に入れることを発表する、九州西友と合わせて九州地区の売り上げ拡大を図るなど食品スーパーを中心とした店舗網の拡大を図った。

しかし、2001年(平成13年)度下期に約30店舗の大量出店に踏み切った新店が伸び悩んだことで2002年(平成14年)2月期中間決算は現収で2桁減益となるなどこの食品スーパーの大量出店策は裏目に出る結果となった。

また、大型店の出店は総合スーパーではなく、新生活百貨店の「リヴィン」と大型ショッピングセンターの「ザ・モール」を柱としていたが業績が伸び悩んだため、2002年(平成14年)3月に出店した「ザ・モールみずほ16」を最後に大型店の出店凍結を打ち出すことになった。

ウォルマート系列入り後

2002年(平成14年)3月14日に住友商事が仲介して世界最大のスーパーマーケットチェーンであるアメリカ合衆国の「ウォルマート・ストアーズ」と包括的業務・資本提携をすると発表し、その傘下に入ることになった。

この提携は2002年(平成14年)5月に実施する第3者割当増資で株式の約6.1%を取得することから始まり、2007年(平成19年)末までに66.7%までの株式取得権を取り決めていた。

これを受けて2002年(平成14年)4月10日から本社内に共同作業チームを発足させてウォルマートとの提携による新たな経営計画の策定に入り、2003年(平成15年)3月にウォルマート・ストアーズから非常勤取締役5人を受け入れることになった。

2002年(平成14年)12月からウォルマート流のEDLP(エブリディ・ロープライス)と呼ばれる「恒常的な低価格化」の販促企画「ロールバック」を導入したものの、競合他社への影響を含めて販売価格が低下することへの警戒から多くのメーカーや卸などの取引先が参加に及び腰となり、当初はこの「ロールバック」に協力した取引先からも協力を撤回するところが現れるなど開始早々からこの販促企画は迷走する形となった。

また、ウォルマートとの提携後の初の決算となった2003年(平成15年)2月期には西武百貨店株の評価損約355億円を特別損失として計上したほか東京シティファイナンス関連の損失引当などもあったため、1200億円以上の最終損失という大幅な赤字決算となった。

ウォルマートのノウハウを導入するための組織改革として経営監督と業務執行の機能を分ける米国型の企業統治体制である「委員会等設置会社」への移行も2003年(平成15年)5月29日に行われることになった。

作業を省力化する什器や大量単品陳列などのウォルマートのノウハウを導入による低コスト運営を目指した店舗の改装なども行った。

ところが、EDLP(毎日低価格)の方針に則ってチラシ特売など販促を削減したことで相対的に価格競争力が低下したことなどが影響して2003年(平成15年)12月期中間期が経常赤字に転落するなど業績の悪化がしたため、デフレ対応の一環として「均一セール」の実施に踏み切るなどEDLP(毎日低価格)に逆行する営業戦略も実施された。

しかし、こうした業績の悪化要因はウォルマート方式に切り換えたのは組織と一部店舗の什器など一部に過ぎないことの見方もあり、2003年(平成15年)10月14日には販売管理費率を20%未満に抑える低コスト構造をウォルマートのノウハウを導入により実現することでEDLP(毎日低価格)の実現を目指す新たな経営再建策「5カ年アクションプラン」を発表してウォルマート流による再建を目指すことになった。

2003年(平成15年)12月期決算は経費節減で予想よりも赤字幅は縮小したものの最終赤字に転落し、2004年(平成16年)1月16日にはグループ3社正社員約6,200人のうち約1,600人の早期退職制度(非正規雇用で継続または退職)による人員削減を行うことを発表し、予定通り約1,600人の応募があり、経費節減による再建を目指すことになった。

また、2004年(平成16年)度に店頭商品を単品管理する店舗情報管理システム「スマートシステム」を直営全店に配備すると共に取引先も参加する商品情報管理システム「リテールリンク」を導入するなどウォルマートの商品管理システムの導入が進められることになった。

こうしたシステム化の一環として惣菜や刺身など店内加工商品の生産計画システムを構築して各店舗に導入することも行われたが、ウォルマートが生鮮食料品の管理ノウハウを持たないため、西友の生鮮食料品に関するノウハウを活用してシステム化を図る形となった。

こうしたウォルマート流の中間流通機能を内部化する動きに対しては自社の方針と相いれないとして2004年(平成16年)5月に大手食品卸会社の菱食が取引を終了する など卸売業者が活躍する日本の流通市場との軋轢を生むことにもなった。

2004年(平成16年)4月7日にウォルマートの主力業態であるスーパーセンター第1号店として沼津店を開店するなど業態面でもウォルマート方式の導入を図った 。

ところが、ウォルマートの情報システム導入と希望退職による人員削減を並行して行ったことが裏目に出て店舗の運営に支障が出るなどして2004年(平成16年)12月期中間決算で売上が目標を下回るなど経営の混乱が続くことになった 。

それでも予定通り2004年(平成16年)下期までに店舗情報管理システム「スマートシステム」と基幹商品情報管理システム「リテールリンク」というウォルマートのシステムを全店に導入すると共に、2005年(平成17年)度から加工食品・日用雑貨部門で商品の自動発注を開始するなどウォルマート流のシステム化による業務改革が進められることになった 。

そして、2005年(平成17年)12月期にウォルマートの自動補充システムを首都圏を中心に百数十店に導入することになった。

ただし、長期販促企画の名称をウォルマート流「ロールバック」に一本化するものの、特売が主流の日本市場の実情に合わせて原則3ヵ月間以上の長期特売に性格付けを変えて日本流中間的な低価格戦略とすることで徐々にEDLP(毎日低価格)へ移行する戦略に軌道修正を図った。

また、加工食品や飲料などのプライベートブランドであるグレートバリューやファミリーカジュアル衣料品のシンプリーベーシック等のウォルマートのプライベートブランドも2004年(平成16年)より導入されたが、容量・味などが日本の市場に合わないケースもあり、必ずしも順調な導入とはならなかった。

システムだけでなく、ウォルマート流の低コスト運営には自社物流が欠かせないとして再度自社物流へ転換するため、食料品から衣料品や住居用品をフルラインで扱う常温・冷蔵・冷凍の全温度帯全品目に対応した自社用の広域流通センターである「西友三郷物流センター」を埼玉県三郷市に開設することで首都圏9ヵ所の物流拠点を2ヵ所に集約することを目指した。

ウォルマート流のEDLP(エブリディ・ロープライス=毎日低価格)の確立を早期に行うためにも一体的な運営が必要だとして2003年(平成15年)7月1日付でエス・エス・ブイを株式交換により完全子会社化し、2004年(平成16年)4月1日から系列のスーパーを含めた地域毎の一体的な店舗運営の共同運営を始めるなどグループの再編も進められた。

その一方では、再建策の一環として2003年(平成15年)9月30日にリウボウインダストリーやリウボウストアーの株式を全て売却して資本提携を解消して沖縄から撤退するなど関連事業の整理も一段と進められることになった。

その一方では、伊藤忠商事が保有していたサニーの全株を2004年(平成16年)3月26日に取得して出資比率を約88.8%に引き上げ、同年6月1日には株式交換方式によりヤマエ久野などグループ以外が保有する株式を取得して完全子会社化した。

こうしてグループのスーパー全社を完全子会社として経営統合を一段と進め、2005年(平成17年)9月1日付で系列スーパー5社の社長を営業統括部長が兼務して経営を事実上一本化した。

その他にも、2004年(平成16年)4月1日からグループ5社も含めた全国約400店舗を6地域に再編して共同運営するのを皮切りに運営の一体化を進め、商品調達や販促活動なども段階的に一体化を進めてスケールメリットを活かした経営効率化を図ることになった。

2005年(平成17年)12月21日に行われた増資引き受けでウォルマートの出資比率は過半数を超え、同社の子会社となった。

こうしたウォルマートの支援にもかかわらず、2005年(平成17年)12月期連結決算は減収となり赤字幅も拡大と低迷が続くことになった。

このため、2006年(平成18年)12月期に食品スーパー業態を中心に既存店の改装を大幅に増やして客数増による売上げ拡大を目指し、73店で実施した改装の効果で既存店の売上げが15年ぶりに前年を上回って営業増益となった。

しかし、その後も業績回復が進まなかったことから2007年(平成19年)10月8日からグループ会社を含め450人規模の早期退職者を募集する2度目の大規模な人員削減に踏み切ると共に、同月23日から12月4日までTOBを行って2008年(平成20年)4月19日に完全子会社化されることになった (直接の株式保有は、ウォルマート・ストアーズの孫会社で資産管理会社であるオランダの「ワイオミング ホールディング ジーエムビーエイチ (Wyoming Holding GmbH)」)。

2008年(平成20年)7月1日に完全子会社となっていたサニー、エス・エス・ブイ、九州西友、北海道西友、東北西友の5社を吸収合併して、グループのスーパー事業は完全に一体化し。同年9月29日には3度目となる約350人の正社員の早期退職者募集と約20店の閉鎖という新たなリストラ策を発表するなど経営合理化を相次いで打ち出された。

ウォルマートの完全子会社となった後の最初の決算となった2008年(平成20年)12月期は売上高8009億7500万円で営業利益1億5600万円を上げたものの、経常損失47億6400万円で純損失257億9300万円という大幅な赤字が継続し、純資産が101億円まで減少する結果となった。

2009年(平成21年)3月1日には日本事業を統括する中間持株会社「ウォルマート・ジャパン・ホールディングス合同会社」の完全子会社へ移行し、同年9月1日付で合同会社に改組することになった。

なお、2015年(平成27年)11月1日に親会社「ウォルマート・ジャパン・ホールディングス」は合同会社から株式会社に改組することになった。

2008年(平成20年)12月から生鮮食品を除く全食品をEDLP(毎日低価格)戦略とすると共に、より安い価格の他店のチラシ広告を持参した顧客にその価格で販売する「地域でいちばん安いお店をめざします」という戦略をのチラシで銘打つなど低価格戦略の強化を図った。

さらに2009年(平成21年)1月23日から住居用品1400品目を値下げしたほか。同年2月から米国産豚肉全品を値下げするなど生鮮食料品を含めてウォルマートの国際調達網を活用して低価格戦略を一段と推し進めることになった。

こうした低価格戦略で来店客数と既存店売上高が前年比でプラスに転じたことから、2009年(平成21年)4月中旬までに非生鮮食料品をEDLP(毎日低価格)に移行するなどよりウォルマート色の強い戦略が展開されることになった。

また、惣菜についても2008年(平成20年)12月から68円のおにぎり、2009年(平成21年)4月6日から298円の弁当、同年5月18日から49円のコロッケを発売するなどEDLP(毎日低価格)化が進められていった。

こうしたEDLP(毎日低価格)戦略に伴い、2010年(平成22年)には冷凍食品の割引表示による安値訴求を廃止し、実売価格による表示のみへ移行させた。

また、生鮮食料品についてもウォルマートの国際調達網を活用した米国産を中心にEDLP(毎日低価格)戦略を展開している。

こうしたウォルマートの国際調達網活用を一段と進めるため、2013年(平成25年)1月から欧州の加工食品の直輸入を開始することになった。

そして、2010年(平成22年)7月以降、東京都北区赤羽に所在する本社に「ウォルマート」のロゴを掲げ始め、「ウォルマート」のカード発行、「Walmart」と書かれたエコバッグの販売、「○○(「野菜」「果物」など)が安い!その理由は『Walmart』」のポスター表示など、徐々に「ウォルマート」の表示を出し始めている。時期は未定だが、近い将来、「西友」(「サニー」)ブランド自体も変え、「新しい屋号=ウォルマート」を使用するつもりでいるとされている。

さらに、山手線周辺の高級住宅街での市場獲得を目指して展開していた高級スーパー「フードマガジン」も、残っていた六本木ヒルズ店を2011年(平成23年)8月に閉店し、低価格戦略への特化を進めることになった。

2010年頃には「旬之介」というキャラクターが店内POP広告などで使用され、後にその相棒「ニャンノスケ」も登場した。

セゾン/西武グループとの関係

1956年に設立された西武百貨店の一部門である西武ストアーを前身とするが、ウォルマートの完全子会社化により西武鉄道グループ・西武百貨店(旧セゾングループ)との資本関係はなくなっている。しかし実質的なハウスカードはクレディセゾンのセゾンカードであり、また東京都・埼玉県西部を中心に西武鉄道からの建物賃貸を受けて運営する店舗が多数存在するなど、緩やかな提携関係は続いている。また、埼玉西武ライオンズのゲームスポンサーとして活動を継続しているが、優勝セールは2004年(平成16年)を最後に行われなくなり、2008年(平成20年)に優勝した際はそごう・西武(旧・ミレニアムリテイリング)・ロフトの親会社であるセブン&アイ・ホールディングス傘下のイトーヨーカ堂で行われるようになった。2009年(平成21年)には僅かに所有していたシェルガーデン株を全てそごう・西武へ売却した。

なお、全てのセゾンカード(セゾンUCカードは除く)を対象に、月間2 – 4日程度「セゾンカード感謝デー」と称した優待日を設定しており、金券や書籍類、酒類、タバコなどを除いた全ての商品がレジ精算金額(セール価格含む)よりさらに明細書上で5%割引で請求される。一部の店舗にはセゾンカウンターが設置されている。

2010年(平成22年)10月1日から西友での決済で常時3%割引セゾンとの提携クレジットカード「ウォルマートカード」を導入した。導入当初は割引は1%で、2014年6月1日以降は西友、LIVIN、サニー、SEIYUドットコムで3%割引される、但し永久不滅ポイントは付かない。なお、通常5・20日に開催されるセゾンカード感謝デーの割引(5%+永久不滅ポイント)と併用できない。

沿革

  • 1956年(昭和31年)2月 – 西武百貨店が資本金500万円で西武ストアーを設立。
  • 1958年(昭和33年)10月1日 – 西武ストアー1号店土浦店開店
  • 1963年(昭和38年)4月19日 – 資本金2000万円で株式会社西友ストアーとして設立。「西武の友」が由来。
  • 1969年(昭和44年)3月 – マイマートの経営権を取得。
  • 1970年(昭和45年)
  • 7月9日 – 「株式会社西友ストアー関西」を設立。
  • 11月 – 「いとはん」(後の北陸ジャスコ)と提携。
  • 1971年(昭和46年)
  • 3月 – 西友ストアー関西がコマストアーを吸収合併
  • 10月 – 西友ストアーが60%で魚力40%を出資して資本金1000万円で株式会社西友ストアー長野(後のエス・エス・ブイ)を設立。
  • 1972年(昭和47年) – 西友ストア北陸を設立。
  • 1973年(昭和48年)
  • 6月 – 西友ストアーとして創業10年を期に、CI導入(デザイン:帆足実生)。赤に「S」を具象化したマークに変更、それまでは西武鉄道の社章を引用していた。
  • 9月 – コンビニエンスストア「ファミリーマート」実験第1号店入曽店を埼玉県狭山市に開店。
  • 1974年(昭和49年)4月 – 中込百貨店(甲府)と提携。
  • 1975年(昭和50年) – 惣菜事業に参入。
  • 1978年(昭和53年)3月 – ファミリーマート事業部を発足。
  • 1980年(昭和55年) – オリジナルブランドの「無印良品」を開発。後にモダンリビングのトレンドを先取りした「DAIK(ダイク)」なども展開することになる。
  • 1981年(昭和56年)
  • 9月1日 – ファミリーマート事業を株式会社ファミリーマートへ譲渡。
  • 5月 – マルナカと業務提携。
  • 1983年(昭和58年)6月 – 社名を株式会社西友に変更。「無印良品青山」を開店。同時期にロゴマークも、現在のものに変更(デザイン:松永真)。
  • 1986年(昭和61年) – 資本金2億円で惣菜製造の「若菜」を設立。
  • 1988年(昭和63年)
  • 3月1日 – 関西西友を吸収合併。
  • 9月30日 – 「インターコンチネンタル,ホテルコーポレーション」を買収。
  • 1990年(平成2年) – 無印良品の営業権を良品計画へ譲渡。
  • 1991年(平成3年) – 仙台市の「エンドーチェーン」(後の東北西友)と業務提携。
  • 1992年(平成4年)8月 – 「川越食品流通センター」が完成。
  • 1995年(平成7年)
  • 4月 – デイリーファーム・インターナショナル・ホールディングスと合弁で株式会社ディエフアイ西友を設立。
  • 西友タイランドを設立。
  • 1998年(平成10年)
  • 2月 – 第一勧業銀行(現・みずほ銀行)の仲介によりファミリーマート株全2862万株を1350億円で伊藤忠商事に売却し、ファミリーマートの筆頭株主が伊藤忠になる。
  • 2月 – インターコンチネンタル・ホテルズ・アンド・リゾーツ (ICHR) を英国のバス社に29億米ドルで売却。
  • 3月 – 食料品・日用雑貨のプライベートブランド「エスリボン」を廃止し、食料品・日用雑貨のプライベートブランド「西友ファインセレクト」を発売。
  • 10月28日 – 百貨店業態「西武」の名称に変わる新生活百貨店「LIVIN(リヴィン)」1号店である光が丘店が開店。
  • 上期 – 錦糸町西武やウェルセーブなど関係会社9社を清算。
  • 2000年(平成12年)
  • 4月 – 住友商事と業務・資本提携し、筆頭株主となる。
  • 5月1日 – 「ネットスーパー」を開業。
  • 9月1日 – 九州8店を分社化し、九州西友を設立。
  • 2001年(平成13年)
  • 3月1日 – 北海道内11店舗を分社化し、北海道西友を設立。
  • 3月1日 – 西友フーズの事業を本体に統合。
  • 3月31日 – ムジ・ホンコン(株)を設立。
  • 6月1日 – エンドーチェーンを東北西友に社名変更。
  • 7月23日 – マーサ・スチュワート・リビング・オムニメディアと商品開発・出版事業について提携。
  • 8月21日 – エス・エス・コミュニケーションズの株式の80%を角川書店(現角川グループホールディングス)に譲渡。
  • 8月28日 – 福岡の百貨店岩田屋が保有する地場スーパーサニーの株式を買収して傘下に入れることを発表。
  • 9月12日 – 金融子会社トーキョー・シティ・ファイナンス・アジアを解散。
  • 2002年(平成14年)
  • 3月14日 – アメリカ合衆国のウォルマート・ストアーズと包括的提携をすると発表。ウォルマートが筆頭株主に。
  • 5月 – 東北若菜を設立。
  • 9月 – 東北若菜仙台工場を竣工。
  • 偽装肉返金事件(元町店(現元町北二十四条店)・狭山市駅前店)。
  • 2003年(平成15年)
  • 6月16日 – 西友タイランドを解散し、タイ事業から完全撤退。
  • 7月1日 – エス・エス・ブイを株式交換で完全子会社化して上場廃止
  • 8月30日 – 第3者割当増資によりウォルマートの出資比率が37.8%となる。
  • 9月30日 – リウボウインダストリーやリウボウストアーの株式を全て売却して資本提携を解消。
  • 2004年(平成16年)
  • 1月16日 – グループ3社で約1,600人の希望退職による人員削減を行うことを発表。
  • 4月1日 – 列SM5社を実質経営統合して地域毎の店舗運営の共同運営を開始。
  • 4月7日 – スーパーセンター第1号店として沼津店を開店。
  • 6月1日 – 株式交換でサニーを完全子会社化。
  • 2005年(平成17年)
  • 10月7日 – リチャージ可能なプリペイドカード「西友ショッピングカード」導入。
  • 12月21日 – ウォルマートが発行済み株式の過半数を取得し、子会社となる。
  • 2007年(平成19年)
  • 10月8日 – グループ会社を含め450人規模の早期退職者を募集開始。
  • 10月22日 – ウォルマートが、完全子会社化を目指してTOBを行うことを発表、これを受け東京証券取引所は西友の銘柄を監理ポストへ割り当て。
  • 10月23日 – TOBを開始。
  • 12月5日 – TOB成立。ウォルマートは全株式の95.1%を取得。
  • 2008年(平成20年)
  • 4月19日 – 上場廃止。
  • 4月25日 – ウォルマートの完全子会社となる。
  • 7月1日 – 北海道西友、東北西友、九州西友、エス・エス・ブイ、サニーの5つの地域子会社を本体に吸収合併。統合後も「サニー」の店舗ブランドは引き続き継続使用されている。また、旧東北西友の店舗では統合前からの直営店との区別のため「THE FOOD FACTORY」ロゴが入っている。旧エス・エス・ブイでは、自社店舗及び担当する売り場の「SEIYU」ロゴの近くに「S.S.V」等のロゴを入れていたが、統合の際に削除された。
  • 2009年(平成21年)
  • 3月1日 – 中間持株会社「ウォルマート・ジャパン・ホールディングス合同会社」の完全子会社へ移行。
  • 9月1日 – 合同会社に改組。
  • 2010年(平成22年)10月1日 – ウォルマートを冠したクレジットカードの発行を開始。
  • 2011年(平成23年)
  • 3月 – ネットスーパーを札幌と福岡で開始。
  • 5月 – ネットスーパーを東海と関西で開始。
  • 8月29日 – ネットスーパーを長野県で開始。
  • 9月15日 – ネットスーパーを宮城県で開始。
  • 2012年(平成24年)
  • 7月1日 – 全店で一斉にレジ袋を有料化し、それとともにマイバッグ持参による値引きを廃止。
  • 12月7日 – 新プライベートブランド「みなさまのお墨付き」および「きほんのき」発売開始。
  • 2013年(平成25年)
  • 1月 – 欧州の加工食品の直輸入を開始。
  • 6月27日 – 店舗配送を基盤に運営するネットスーパーとセンター配送を基盤に運営するネットショッピングサイトをSEIYUドットコムとして統合。
  • 7月27日 – この日開業の新長田店(兵庫県神戸市長田区)で新たなロゴマークを導入。主に黒地に赤い正方形と「SEIYU」の文字が併記されている。
  • 2014年(平成26年)
  • 10月30日 – 不採算店30店舗の閉鎖と既存店舗50店舗の改装を発表。なお、改装店舗は基本的に直営売場が食品主体に再編され、先述の新ロゴへと変更されている。
  • 2015年(平成27年)
  • 11月1日 – 親会社「ウォルマート・ジャパン・ホールディングス」が合同会社から株式会社に改組。西友およびその子会社である、若菜、西友リテールサポート、西友サービス、西友プロキュアメント、ニジコムの会社形態は変更されない。
  • 2017年(平成29年)1月1日 – 西友リテールサポートを吸収合併。
  • 2018年(平成30年)1月1日 – 若菜を吸収合併。
  • 運営形態

  • 西友
  • ゼネラルマーチャンダイズストア
  • スーパーマーケット
  • スーパーセンター – ウォルマート流のワンフロア店舗。沼津店、浜北店の2店舗のみが当てはまる。
  • 西友ネットスーパー
  • リヴィン(LIVIN) 「新生活百貨店」。大型店舗
  • サニー – 福岡県を中心に九州で運営されているスーパーマーケット。
  • ショッピングセンター
  • ザ・モール – 総合スーパーを核店舗とするコミュニティ型
  • 西友楽市 – 食品スーパーを核店舗とするネイバーフッド型
  • EPO – 専門店型店舗。木更津市にも存在したが、小田原市のみ。
  • 過去に展開していた店舗

  • DAIK – 都市型ホームセンター・生活雑貨店。リヴィンや一部の西友店舗にも存在した。2014年現在は、リヴィン店舗は「住まいと暮らし館」などといった直営売り場、深沢店は西友名義のホームセンター店舗として存在。
  • 西武店 – 西武百貨店の名称・意匠を借りた百貨店業態店舗(百貨店事業部→SEIBU事業部運営)。西武百貨店との間で一部店舗の持ち替えを経た後、当該店舗はリヴィンに転換。
  • SEIYO – 仙台店のみ。「西武店」と同じ事業部運営店舗だった。
  • 無印良品 – 1980年にプライベートブランド (PB) 商品として誕生。無印良品事業部運営のあと、本社から「良品計画」として分離・独立。
  • ファミリーマート
  • フードプラス – 現在の新座店などに存在した。
  • フードマガジン – 2001年(平成13年)11月28日に六本木店を皮切りに出店していた都市型スーパーマーケット。2002年(平成14年)10月に既存店を業態転換した浜田山店も存在したが、後に浜田山は西友に再転換、六本木ヒルズ店は2011年(平成23年)8月に閉店して当事業から撤退した。
  • デイリーフーズICHI
  • システム

    POSレジは、IBM製を使用。ウォルマート傘下になる以前は「BCPOS」シリーズを採用していたが、2003年後半頃よりウォルマート仕様の機種に変わった。食品レジは同じ端末でL字型固定スキャナを備えた機種を採用している。

    この機種は日本のコンビニエンスストアをはじめとする各種小売店で導入されている大型ディスプレイを備えた機種とは逆行し、操作画面は漢字対応ポケットベルのような2行の電光表示のみで、セール品などの値引き操作を行うにも煩雑なコマンドをキーボードに打ち込まなければならないことや、食品レジではPOSレジとチェッカーユニットが一体のため、混雑時に使う2人制に対応しておらず、レジ待ちの原因の一つとされている。2011年頃より、一部店舗ではタッチパネル対応の端末を導入している。

  • 店舗・商品に関わるシステムもウォルマートより導入している。
  • スマートシステム – 店頭商品を単品管理する店舗情報管理システム。リテールリンクと組み合わせて、自動発注などが行えるとされる。
  • リテールリンク – 取引先も参加する商品情報管理システム。納入業者と在庫などの情報を直接共有し、店舗での販売機会損失ロス(在庫切れ)を回避したり、過剰な在庫を抱えないよう在庫のコントロールを担っている。
  • これらにより店長の裁量で近隣の競合店と同等の価格へ引き下げることが不可能となり、その問い合わせを店舗の責任者へ行っても「本社で管理している」旨しか回答できなくなっていた。上場廃止以前の株主総会で幾度も質疑応答されていたが、2008年秋に後述の「KY」施策により、チラシ掲載価格への値引き(都度の価格変更)が行われるようになった。ただし、チラシ掲載品以外の他店で安く売られている商品に対しての値引きは行われていない。

    プライベートブランド

    プライベートブランドは、ウォルマート傘下になってから、「西友ファインセレクト」からウォルマートと同じ「Great Value」(グレートバリュー)へ切り替えられた。さらに、ウォルマートの既発製品の導入(本場の「Great Value」「George」商品や、低価格な中国製トイレットペーパー・腕時計・ポータブルCDプレーヤー)の販売なども行われている。しかし、2012年(平成24年)には、新しいプライベートブランドとして「みなさまのお墨付き」と「きほんのき」を開発し、「グレートバリュー」については、直輸入品などの一部を除き、順次取り扱いを終了することとなった。この切り替えの背景には、プライベートブランドを取り巻く市場環境の変化と、その市場の中での「グレートバリュー」のブランド力が弱いことがあった。

  • みなさまのお墨付き – 2012年(平成24年)12月7日から発売した品質を重視した西友独自のプライベートブランド。ウォルマート傘下のスーパーマーケット、アズダの手法を参考に、第三者機関が実施した調査において70%以上の評価を得たもののみを商品化。ラインナップは食料品のみだったが、2016年春の新商品に「ペットシーツ」や「トイレそうじシート」があるため、日用品やペット用品にも着手した。
  • きほんのき – 調味料など価格が最重視される商品カテゴリーに限定して展開されているブランド。「みなさまのお墨付き」に比べて、さらに価格対応力を強化している。みなさまのお墨付きには無い日用品やペット用品もラインナップにある。
  • グレートバリュー – 2004年(平成16年)より導入された加工食品や飲料などのウォルマートのプライベートブランド。ウォルマート基準によるもので、直輸入品に加え、食品を中心にファインセレクトからの移行による西友オリジナル品(チーズ類など)も存在していた。2012年に上記の「みなさまのお墨付き」「きほんのき」を導入後は西友オリジナル品をそちらへ移行し、グレートバリューは輸入品のみのラインナップとなった。
  • シンプリーベーシック – 2004年(平成16年)より導入されたファミリーカジュアル衣料品のウォルマートのプライベートブランド。
  • G – 2004年(平成16年)より導入されたヨーロピアンカジュアル衣料品のウォルマートのプライベートブランド。
  • メアリー&ケイト – 2004年(平成16年)より導入されたティーンズ向けアメリカンカジュアル衣料品のウォルマートのプライベートブランド。
  • キッドコレクション – 2004年(平成16年)より導入された玩具のウォルマートのプライベートブランド。
  • エクストラスペシャルワイン – 2008年(平成20年)末より導入されたウォルマートグループの英国アズダのプライベートブランドワイン。
  • George

    Georgeジョージ)は、ウォルマートがグローバルに手がける衣料品ブランドであり、西友ではプライベートブランドして2005年頃より投入した。

    元々はイギリスの大手スーパーのASDA(アズダ)のプライベートブランド (PB) 商品として1990年に生まれ、イギリス国内では価格も安い上にデザイン性に優れたブランドとして一定の地位を持っていた。ASDAは1999年にウォルマートに買収され子会社となったが、既にブランド力を持っていたGeorgeについては買収後イギリス以外のウォルマートグループでも販売を始め、世界的に展開する衣料ブランドとして確立するに至った。

    H&M、ユニクロのようなファストファッション(製造型小売業)専門店がさまざまな工夫で消費者の支持を確立させていったのに比較すると、あくまでGeorgeはウォルマート系列店のみで扱うブランドという極めて内向きの戦略であり、内に篭った情報発信しかしないことから日本での知名度は今ひとつとなっている。

    当初、イトーヨーカ堂などの他スーパーでの衣料品と比較して、イギリス好みの地味なデザインでかつ同程度の売価だったこと、情報発信もほとんどないため日本国外ですでに確立されたブランド力すらまったく発揮できず、「安かろう悪かろう」のイメージが定着し、衣料品の売上げが2007年度決算まで年々逓減する事態に陥っていた。

    2008年には7,900円のスーツを発売。一定の品質に対するコストパフォーマンスが受け容れられ、『日経トレンディ』等にも低価格スーツの一つとして取り上げられる。カジュアル衣料にも力を入れはじめ、翌2009年から展開された「西友ファッションプロジェクト」への布石を作り出す形となった。

    細身のシルエットが特徴であり、当初はなかったが現在は「SLIM FIT」というタグが付けられている。

    過去に展開していたプライベートブランド

  • 西友ライン – 1971年(昭和46年)に発売された初のプライベートブランド。
  • 無印良品 – 「わけあって、安い。」をキャッチフレーズに1980年(昭和55年)12月5日に発売されたプライベートブランド。
  • 故郷銘品 – 1981年(昭和56年)に発売されたプライベートブランド。
  • 主婦の目商品 – 1983年(昭和58年)に発売されたプライベートブランド。
  • 食の幸 – 1984年(昭和59年)に発売された生鮮食品のプライベートブランドで生産から販売までの一貫管理体制構築や明確な栽培・飼育管理による安心で美味しく手ごろな価格のを目指していた 。
  • エスリボン – 食料品・日用雑貨のプライベートブランドで2000年(平成12年)3月に廃止され、西友ファインセレクトへ置き換えられた。
  • 西友ファインセレクト – 2000年(平成12年)3月に発売された米アソシエイツ社と共同開発した食料品・日用雑貨のプライベートブランド。2004年(平成16年)11月現在で約500品目あった。
  • KY戦略

    2008年(平成20年)11月より、「KY(カカクヤスク)で行こう!」と称したキャンペーンの展開を開始した。従来からのEDLPに加えて、生鮮食品・冷凍食品を中心に従来より値段を格段に引き下げたり、他店のチラシに掲載された商品が西友の売価より安い場合は、チラシの掲載価格で販売する(値引く)チラシマッチといった、従来の西友のイメージを覆させるかのような戦略を打ち出している。

    また「SEIYU FASHION PROJECT」として、ユニクロ・しまむら等で支持されている低価格衣料品をGeorgeブランドで積極的に投入し、売上の底上げを図ろうとしている。2008年度の売上は2007年度比で6割増であることがプレスリリースで触れられている。

    これらの施策実施に伴い、築年数が相当経過した店舗を順次リニューアルさせたり、2008年11月からはテレビCMをかつてない程大量にスポット放映してアピールしている(後述)。2009年からはクレイジーケンバンドとタイアップした作品も放映された。

    なお、「KY」は、「カカクヤスク」のローマ字頭文字を西友サイドでより抜いた用語とされている。ちなみにギャル語発祥の「KY語」であるKY=『空気読めない』が2007年に流行している。

    この「KY」は「カカクヤスク」以外にも「クラシヤスク」、「カッコイイ(を)ヤスク」や「カデンもヤスク」にもCMによって引っ掛けている。

    2011年(平成23年)1月27日から「バスプラ(バスケット・プライス)」の訴求に切り替えたため、このキャンペーンは終了した。

    商品券・ギフトカード

    かっては旧セゾングループの流れから、西友の商品券は西武百貨店・ロフト・パルコ各店で使用可能で、逆に西武百貨店の商品券も西友で使用可能だった。資本構成の変化に伴い2006年5月末でこの取扱を終了した。

    ただし、表面に「SEIBU」と表記された商品券であっても、裏面記載の発行元が「株式会社西友」で、かつての西友運営の西武店で発行された場合は、西友の商品券同様、西友で利用できるが、西武百貨店・ロフト・パルコ各店では利用できない。

    なお、2005年(平成17年)よりクレジットカード型の磁気プリペイドカード「SEIYUショッピングカード」のサービスを開始した。西友店内の直営売場レジのみが利用対象となるが、あとからリチャージ(追加入金)が可能であるため、電子マネー的な使い勝手を兼ね備えている。持参人式のため紛失盗難時の残高補償はない。

    2007年(平成19年)以降に展開されている同種のプリペイドカードである「イオンギフトカード」や「百貨店ギフトカード」(どちらもリチャージは不可)よりも先駆けて導入したことになるが、以前にそごうが「スマイルカード」(発売終了)を発行していた。

    不祥事・事故・事件

  • 狭山駅前店と札幌市元町店で輸入豚肉を国産と偽装して一年間販売。
  • 2007年(平成19年)10月に平塚店のエスカレーターで男児が首を挟まれ重体となる事故が発生し、緊急点検を行ったところ、横須賀店やLIVINよこすか店などの他の店舗の一部でも同様に基準と合致しない保護板が見つかり、交換修理を行うまでエスカレーターの運行を休止する事態となった。
  • 店舗

    2014年(平成26年)10月末時点で、373店舗で展開をしていた。

    現在の店舗

    過去に存在した西友の店舗

  • ×は現在建物が解体された店舗。
  • 滝川店(1986年(昭和61年)10月9日開店 – 2003年(平成15年)8月31日閉店)
  • 月寒店×(豊平区月寒中央通9丁目3?38、1973年(昭和48年)10月4日開店 – 1992年(平成4年)8月末閉店)
  • 岩見沢店(1988年(昭和63年)12月2日開店 – 2009年(平成21年)3月31日閉店) → ビル残留テナントのみで営業 → 市民交流施設「であえーる岩見沢」
  • 函館西武店(函館市梁川町9、1981年(昭和56年)3月開店 – 2003年(平成15年)8月10日閉店)
  • 旭川西武店(1975年(昭和50年)8月8日開店。) – 1997年(平成9年)3月1日(株)西武百貨店旭川店)
  • SEIYO仙台店(1991年(平成3年)11月3日開店 – 1997年(平成9年)7月31日閉店) → EBeanS(エンドーチェーンが運営するファッションビル)
  • 長命ヶ丘店×(旧エンドーチェーン、1982年(昭和57年)4月開店 – 閉店日不明)
  • 仙台駅東口店×(旧エンドーチェーン、1979年(昭和54年)3月開店 – 2011年(平成23年)5月8日閉店)
  • 多賀城桜木店(1983年(昭和58年)8月開店 – 2012年(平成24年)1月付け閉店、東日本大震災により津波被害を受け、復旧作業がおこなわれたものの営業再開せず閉店)
  • 勝山公園店(2012年(平成24年)6月10日閉店、周辺の再開発計画に伴うもの。かつては、勝山ボウリング場の1階に立地していた。)
  • 台原店(仙台市青葉区堤町、1969年(昭和44年)12月開店)
  • 中新田店(加美郡、1976年(昭和51年)12月開店 – 2006年(平成18年)5月31日閉店)
  • 郡山店 → 郡山西武店(郡山市駅前1-16、1975年(昭和50年)9月9日開店 – 2000年(平成12年)10月15日閉店、最後の西武店舗だった)
  • 郡山アティ食品館(2001年(平成13年)5月25日開店 – 2003年(平成15年)頃閉店)
  • 新桐生店(桐生市相生町1-252、1974年(昭和49年)6月開店 - ?閉店)
  • 前橋店 → 前橋西武店 → LIVIN前橋店(前橋市本町2-12-1、1975年(昭和50年)6月20日開店 – 2004年(平成16年)1月12日閉店、現在は「前橋プラザ元気21」)
  • WALK前橋(前橋市千代田町5-1-16、1987年(昭和62年)9月開店 – 2006年(平成18年)1月29日閉店)
  • 伊勢崎店×(伊勢崎市本町9-1、1973年(昭和48年)6月開店 – 2009年(平成21年)3月31日閉店)
  • 水戸店 → 水戸西武店 → LIVIN水戸店×(水戸市三の丸1-1-12、1971年(昭和46年)9月24日開店 – 2009年(平成21年)3月31日閉店)
  • 牛久店(牛久町、1983年(昭和58年)4月開店 – 1995年(平成7年)2月閉店)
  • 土浦店× (土浦市大和町3-15、1958年(昭和33年)10月1日開店 – 1998年(平成10年)10月閉鎖。その後店舗は解体されマンションが建つ)
  • 石岡店×(石岡市国府1-3-26、1973年(昭和48年)11月2日開店 – 1988年頃閉店)
  • 取手店(取手市新町2-1-31、1972年(昭和47年)5月開店 – 1986年(昭和61年)8月閉店)
  • 上尾店× (上尾市谷津2-1-50、1968年(昭和43年)11月開店 - ?閉店)
  • 越谷店(越谷市越谷1-3-4、1969年(昭和44年)11月開店 – 2011年(平成23年)9月閉店)
  • 大袋店×(越谷市大字弥十郎、1977年(昭和52年)12月開店 - ?閉店)
  • 浦和店× (浦和市高砂2-1-19、1969年(昭和44年)6月開店 – 1992年閉店)6階建てで6階に食堂、屋上にゲームセンターが設置されていた。→ 跡地は伊勢丹浦和店・コルソの駐車場を経て浦和ワシントンホテルとなった。
  • 戸田店×(戸田市上戸田1-17-1、1977年(昭和52年)9月開店 – 2006年(平成18年)3月31日閉店)
  • 志木店(新座市東北2-21-10、1969年(昭和44年)4月開店 → 1995年(平成7年)9月5日にウェルセーブ開店 → たいらや
  • 川越店 (川越市新富町1-104、1970年(昭和45年)11月22日開店 – 1980年(昭和55年)閉店)
  • 所沢フラワーヒル店(狭山市堀兼大河内2372、1972年(昭和47年)10月開店 – 2004年(平成16年)2月15日閉店)
  • 入間川駅前店 → 狭山市駅前店(狭山市入間川1-18-1、1972年(昭和47年)11月開店 – 2015年(平成27年)3月31日閉店)
  • 狭山台店(狭山市狭山台3-25-2、1975年(昭和50年)4月開店 - ?閉店)
  • 朝霞店(朝霞市本町1-12、1974年(昭和49年)4月開店 – 2009年(平成21年)3月31日閉店)
  • 大井町店(ふじみ野市亀久保933-1、1994年(平成6年)6月18日開店 – 2006年(平成18年)1月29日閉店)
  • 千葉パルコ店(千葉市中央区中央2-2-1、2016年(平成28年)11月30日閉店)
  • 幕張店×(千葉市美浜区幕張西2-1-2、1978年(昭和53年)4月開店 – 2003年(平成15年)秋閉店)
  • 稲毛店 (千葉市小仲台2-5-7、1971年(昭和46年)12月10日開店 – 1997年(平成9年)8月31日閉店)
  • 津田沼店 → 津田沼レッツ店→津田沼パルコ店(船橋市前原西2-19-1、1977年(昭和52年)6月開店 – 売り場縮小‐2017年(平成29年)1月31日閉店
  • 高根台店×(船橋市高根台、1978年(昭和53年)10月開店 – 1998年(平成10年)秋閉店)
  • 市川店×(市川市市川1-21-1、
  • 五香店 → DAIK五香(松戸市常盤平5-23、1970年(昭和45年)5月29日開店 – → DAIKに業態転換 → ?閉店)
  • 柏店×(1966年(昭和41年)12月3日開店、1977年(昭和52年)1月閉店)
  • 木更津店×(木更津市大和1-2-1、1972年(昭和47年)12月開店 – 1999年(平成11年)閉店)
  • 八千代台店(八千代市八千代台東1-5-5、1971年(昭和46年)5月開店 - ?閉店)
  • 無印良品青山店(渋谷区、1983年(昭和58年)6月開店 - ?閉店)
  • 西小山店(目黒区目黒本町5-7-9、1969年(昭和44年)6月開店 - ?閉店)
  • 下北沢エンドー → ファーストキッチン
  • 赤羽店(北区赤羽1-7-9)
  • 浜田山リビング館 → DAIK浜田山→浜田山2号館× (杉並区浜田山760、1976年(昭和51年)11月開店 - ?閉店)
  • (初代)志村店(1965年(昭和40年)開店 - ?閉店)
  • (2代目)志村店(板橋区志村1-35-11、1973年(昭和48年)10月開店 - ?閉店)
  • 千早店
  • 練馬北町店(練馬区練馬北町1-37-3、1963年(昭和38年)5月開店 - ?閉店)
  • (初代)中村橋店×(練馬区中村北3-15-8、1968年(昭和43年)5月開店 – 2003年(平成15年)12月閉店 )
  • 大泉学園店×(練馬区東大泉503、1967年(昭和42年)5月開店 – 2006年(平成18年)5月31日閉店)
  • 祖師谷店(世田谷区砧6-29-3、1968年(昭和43年)開店 - ?閉店)
  • フードマガジン六本木店(東京都港区六本木6丁目11-1、2001年(平成13年)11月28日開店 – 2011年(平成23年)8月閉店)
  • シネ・ヴィヴァン・六本木×(映画館六本木WAVEのB1F、東京テアトルに移管後、再開発に伴い1999年閉館)
  • 錦糸町西武店→LIVIN錦糸町店(墨田区江東橋4-27-14、1986年(昭和61年)11月5日開店 – 2017年(平成29年)10月9日閉店)
  • キネカ錦糸町×(映画館、1986年11月5日開館 – 1994年閉館)
  • (初代)保谷店(1964年(昭和39年)11月3日開店 – 2006年(平成18年)2月28日閉店)
  • (初代)田無店×(1963年(昭和38年)4月5日開店 - ?閉店)
  • (2代目)田無店×(田無市本町4-28-17、1971年(昭和46年)4月開店 – 1995年(平成7年)閉店)
  • (初代)ひばりが丘店 → (初代)ひばりが丘団地店×(保谷市ひばりヶ丘3-1-12、1959年(昭和34年)4月24日開店 - ?閉店)
  • ひばりヶ丘駅前店×(保谷市ひばりヶ丘北4-3-25、1967年(昭和42年)4月25日開店 – 1980年(昭和55年)2月閉店)
  • 東久留米団地店(東久留米市上の原1-4-27、1962年(昭和37年)12月開店 - ?閉店)
  • (初代)小金井店(小金井市本町5-12-4、1965年(昭和40年)12月3日開店 - ?閉店)
  • (初代)清瀬店(清瀬市元町1-16、1967年(昭和42年)開店 - ?閉店)
  • 武蔵境店×(武蔵野市境2-5、1967年(昭和42年)10月開店 – 1980年代閉店、店舗解体済み)
  • 狛江店×(狛江市和泉1862-2、1970年(昭和45年)3月13日開店 - ?閉店)
  • (初代)国領店(調布市国領2-5、1967年(昭和42年)10月開店 – 2002年(平成14年)閉店)
  • (初代)府中店×(府中市宮町1-15-9、1970年(昭和45年)9月11日開店 – 1995年(平成7年)閉店)
  • 聖蹟桜ヶ丘店×(多摩市関戸220、1970年(昭和45年)4月10日開店 - ?閉店)
  • 西八王子店(八王子市散田東町1064、1975年(昭和50年)3月開店 - ?閉店)
  • (初代)福生店×(福生市福生1008、1973年(昭和48年)6月開店 – 2004年(平成12年)閉店)
  • 希望ヶ丘店(横浜市旭区東希望ヶ丘99、1968年(昭和43年)4月開店 - ?閉店)
  • 瀬谷店(横浜市瀬谷区瀬谷437?1、1968年(昭和43年)4月開店 – 2006年(平成18年)1月30日閉店)
  • 相模大野店×(相模原市上鶴間3967?1、1968年(昭和43年)4月開店 – 1996年(平成8年)10月閉店)
  • 戸塚店×(横浜市戸塚区戸塚町4252-1・JR戸塚駅前、1968年(昭和43年)5月開店 – 2008年3月9日閉店)
  • 藤沢店(藤沢市藤沢127、1970年(昭和45年)6月25日開店 – 1976年8月31日閉店)
  • 志澤藤沢店(藤沢市藤沢396、1974年(昭和49年)3月29日開店、1975年(昭和50年)8月西武流通グループと提携) → 藤沢西武店(1978年(昭和53年)9月15日 – 1997年閉店。)
  • 茅ヶ崎店(茅ヶ崎市新栄町6-18、1970年(昭和45年)4月開店 - ?閉店)
  • 西鎌倉店×(鎌倉市西鎌倉2-1-6、1966年(昭和41年)7月開店 - ?閉店)
  • 横須賀店×(横須賀市大滝町2-6-2、1970年(昭和45年)11月21日開店 – 2012年(平成24年)4月閉店)
  • 追浜店(1985年(昭和60年)10月26日開店– 2009年(平成21年)1月31日閉店)
  • 中込店 → 甲府西武店 (甲府市丸の内1-8-5、1974年(昭和49年)4月中込西友 – 1998年(平成10年)2月閉店)甲府市丸の内1-8-5
  • 以前は百貨店事業の上田西武店とGMS店舗の川中島店のみ本社直営で、長野県内の他の小型店舗はエス・エス・ブイが運営していた。

  • ハウディ西武長野店
  • 若穂店×(長野市若穂綿内6472-5、2003年(平成15年)2月期に開店-2008年(平成20年)11月30日閉店)
  • 稲里店(長野市広田78、2015年(平成27年)3月末閉店)
  • 更埴店(更埴市、1972年(昭和47年)10月開店 – 1996年(平成8年)閉店)
  • 中野店(中野市、-2002年(平成14年)2月期に閉店)
  • 埴生店(千曲市、2003年(平成15年)2月期に開店-2009年(平成21年)3月閉店)
  • 上田店(上田市天神1丁目、1974年(昭和49年)10月開店 – 2009年(平成21年)3月末閉店)
  • 丸子店(上田市、2008年(平成20年)11月閉店)
  • 三好町店(上田市御所、2015年(平成27年)3月末閉店)
  • 秋和店(上田市上塩尻、2015年(平成27年)3月末閉店)
  • 東部店(東御市、-2009年(平成21年)3月閉店)
  • 坂城店(埴科郡坂城町、-2008年(平成20年)11月閉店)
  • (初代)松川店(北安曇郡松川村)
  • 元町店(松本市元町1、2015年(平成27年)3月15日閉店)
  • 諏訪店(諏訪市)
  • 上諏訪店×(諏訪市上諏訪 店舗解体済。跡地は駐車場)
  • (初代)下諏訪店(諏訪郡下諏訪町、2007年(平成19年)閉店)
  • 茅野本町店(茅野市本町東ショッピングセンターイオ内、1986年(昭和61年)12月開店 – 2015年(平成27年)3月31日閉店)
  • 飯田店×(飯田市中央通り3丁目、1974年(昭和49年)4月 – 1995年(平成7年)2月15日閉店)
  • 駒ケ根店(駒ヶ根市上穂南、1974年(昭和49年)6月開店 – 1984年(昭和59年)閉店)
  • 穂高西店(?開店 – 2006年(平成18年)7月31日閉店)
  • 松岡店(?開店 – 2006年(平成18年)8月31日閉店)
  • 焼津店(焼津市本町5-5-5、1975年(昭和50年)5月開店 – 1996年(平成8年)2月12日閉店)
  • 清水店(静岡市清水区本郷町1-20、1973年(昭和48年)12月開店 – 2015年(平成27年)4月30日閉店)
  • 藤枝店(藤枝市駅前、1974年(昭和49年)12月開店 – 2015年(平成27年)4月30日閉店)
  • 浜松高塚店(浜松市南区高塚町4888-11、1999年(昭和11年)6月4日開店 – 2015年(平成27年)4月30日閉店)
  • 味岡店(小牧市小松寺、1997年(平成9年)9月末閉店)
  • 大口店(丹羽郡大口町大字余野字少々腰70、1994年(平成6年)12月15日開店)
  • 春日井店(西友楽市春日井〈現・ザ・モール春日井Part2〉の核テナントとして)
  • 富山西武店 → 西武百貨店富山店(富山市総曲輪3丁目、1976年(昭和51年)7月2日開店 – 2006年(平成18年)3月31日閉店)
  • 小松店(1975年(昭和50年)12月20日開店 – 1996年(平成8年)12月閉店)
  • 若狭小浜店(小浜市小浜白鬚、1992年(平成4年)10月開店 – 2004年(平成16年)8月閉店)
  • 大津店(大津市長等2丁目2-18、1975年(昭和50年)6月開店 – 2015年(平成27年)4月30日閉店)
  • 石山店(大津市石山栄町2-5、1976年(昭和51年)11月開店 - ?閉店)
  • フードプラザ店(西武百貨店大津店内、食品のみ)
  • 草津店×(草津市大路2-1-38、1973年(昭和48年)11月開店 – 2000年(平成12年)閉店)
  • グリーンヒル店(草津市若草、1984年(昭和59年)4月28日開店 - ?閉店)
  • パナ西友桜ヶ丘店(1983年(昭和58年)開店 - ?閉店)
  • (初代)長浜店(長浜市元浜町14-9、1966年(昭和41年)開店 - ?閉店)
  • (2代目)長浜店(長浜市、1984年(昭和59年)10月6日開店 – 1994年(平成6年)4月末閉店)
  • (初代)彦根店(彦根市銀座町5-8、?開店 – 1985年(昭和60年)7月21日閉店)
  • (初代)守山店(守山市勝部町字出口204、1971年(昭和46年)6月開店 – 2000年(平成12年)11月閉店)
  • (初代)水口店(甲賀郡水口町八光1-6、1970年(昭和45年)10月開店 – 1999年(平成11年)6月閉店)
  • 伏見店(京都市伏見区伯耆町15、1968年(昭和43年)10月開店 - ?閉店)
  • 千本店(京都市上京区千本通一条上10、1963年(昭和38年)9月開店 - ?閉店)
  • 銀閣寺店(京都市左京区浄土寺東田町47、1967年(昭和42年)3月開店 - ?閉店)
  • 桂坂店(京都市西京区大枝北沓掛町7-1-13、1987年(昭和62年)6月開店 – 2004年(平成16年)2月15日閉店)
  • 京産大PAO店(京都市北区、1990年(平成2年)9月開店 - ?閉店)
  • 宇治店(宇治市小倉町神楽田23、1975年(昭和50年)3月開店 - ?閉店)
  • 都島店 → ベルファ(大阪市都島区)
  • 粉浜店(大阪市住之江区・南海本線粉浜駅高架下、旧南海西友ストアー、1984年(昭和59年)10月開店 – 2002年(平成14年)10月21日閉店)
  • 千里丘店(吹田市千里丘上6-30、2000年(平成12年)7月13日開店 -?閉店)
  • 高槻店(大阪市白梅町、1978年(昭和53年)11月開店)
  • 八戸ノ里店(東大阪市下小阪5-2-35、1975年(昭和50年)9月開店 – 2015年(平成27年)4月30日閉店)
  • 八尾店(八尾市山城町2-42、?開店 – 1981年(昭和56年)閉店)
  • 八尾西武店(八尾市光町2-60・西武百貨店八尾店内、1981年(昭和56年)5月開店 - ?閉店) → 退店
  • 富田林店(1972年(昭和47年)11月開店 - ?閉店)
  • 狭山ニュータウン店(南河内郡狭山町大野台二丁目、?開店 - ?閉店)
  • 河内長野店(河内長野市本町24-1、1989年(平成元年)4月開店 – 2009年(平成21年)3月8日閉店)
  • 新河内長野店(河内長野市西之山町5-20、1994年(平成6年)9月開店 – 2010年(平成22年)5月31日閉店)
  • 美加の台店(旧南海西友)
  • 黒土店(堺市北区黒土町2323-1、?開店 – 2006年(平成18年)1月31日閉店) → サンプラザ三国ヶ丘東店が出店
  • 光明池店(堺市南区・泉北高速鉄道光明池駅前、2001年(平成13年)1月16日開店 – 2009年3月31日閉店) → サンプラザ光明池店が出店
  • 羽衣店(高石市・南海本線羽衣駅構内、旧南海西友ストアー)
  • 高石店(高石市加茂1-21-22・南海本線高石駅前、1979年(昭和54年)6月開店 – 2006年(平成18年)1月閉店)
  • 兵庫店(神戸市兵庫区羽坂通4-1、1974年(昭和49年)開店 - ?閉店)
  • パナ西友北六甲台店(西宮市北六甲台、1987年(昭和62年)12月開店 - ?閉店)
  • 宝塚西武店 → LIVIN宝塚店(宝塚市逆瀬川1-2-13、1987年(昭和62年)3月開店 – 2006年(平成18年)6月30日閉店)
  • 大久保店(明石市大久保町福田205、1975年(昭和50年)4月開店 - ?閉店)
  • 高砂店(高砂市高砂町栄町373、1976年(昭和51年)3月6日開店 – 2015年(平成27年)12月31日閉店)
  • 大和郡山店(大和郡山市南郡山町、1980年(昭和55年)11月開店 – 2015年(平成27年)4月30日閉店)
  • 城山店
  • 三石店
  • 美野島店(福岡市博多区) → サニー美野島店
  • 茶山店(福岡市城南区) → サニー茶山店
  • 上記店舗は西友から系列のサニーに運営が委譲され店舗名が変わったものの、後に西友直営店に戻っている。

  • 平島店(?開店 – 2006年(平成18年)7月31日閉店)
  • 志免店×(志免町志免中央3-4-1、1978年(昭和53年)7月開店 – 2015年(平成27年)4月末閉店)
  • 小倉西武店 → ザ・モール小倉店(北九州市小倉南区下曽根新町10番1号、1995年(平成7年)4月22日開店 – 2015年(平成27年)8月31日閉店)
  • 佐賀巨勢店(佐賀市巨勢町、2003年3月21日開店 – 2010年(平成22年)10月15日閉店)
  • 諫早店(諫早市永昌東町2-1、1982年(昭和57年)開店 – 2015年(平成27年)4月30日閉店)
  • 大分店(大分市府内町、1974年(昭和49年)6月開店 – 1976年(昭和51年)閉店) → 大分パルコ(1977年(昭和52年)4月開店 – 2011年(平成23年)1月31日閉店)
  • 実現しなかった店舗

  • 新潟店(新潟市)
  • 草加駅東口(草加市)

    関連会社

  • 西友プロキュアメント – プライベートブランドの企画・開発および商品調達など
  • ニジコム – 主に西友グループ店内における携帯電話の販売
  • 「西友」を冠する企業は多数存在するが、社会問題を起こした西友商事(商品先物取引業、東京都中央区)、西友開発(不動産業、香川県高松市。2000年に破産)を始め無関係なものが多いため注意を要する。

    ※ 参照元:https://ja.wikipedia.org