東京ドームについて調べてみた件

東京ドーム(とうきょうドーム)は、東京都文京区に所在するドーム型野球場。

1988年(昭和63年)3月18日に開場した日本初の屋根付き球場であり、株式会社東京ドームが運営する東京ドームシティの中核施設である。愛称は「BIG EGG(ビッグエッグ)」。

プロ野球セ・リーグ・読売ジャイアンツ(巨人)が本拠地とし、同パ・リーグの北海道日本ハムファイターズが準本拠地としている。

概要

1988年3月18日に後楽園球場の実質的な代替球場として後楽園競輪場の跡地に開場。

日本初の全天候型球場となった。空気膜構造屋根を持つアメリカのメトロドームをモデルとして設計された。後楽園球場から引き続き、巨人とパシフィック・リーグの日本ハムファイターズ(当時)が専用球場とした。そのため開場から2003年まではプロ野球の2つの球団が本拠地としていた。これは東京ドームが唯一であったが日本ハムは2004年度に北海道の札幌ドームに移転し「北海道日本ハムファイターズ」となったため、1つの球場を2つの球団が本拠地とするケースは消滅したが、現在も8試合の主催試合を開催している(試合数は2007年から固定)。

パ・リーグのオリックス・バファローズも親会社オリックスの本社が東京にある関係で、ブルーウェーブ時代の2004年から2009年まで年間2試合の主催試合を開催(このうち、2006年は、大阪ドームの経営破綻の影響の余波で開催されなかった)。

2010年からは東北楽天ゴールデンイーグルス、2012年からは福岡ソフトバンクホークスもそれぞれ主催試合1試合を開催している。2016年は過去に東京都内を保護地域としていた千葉ロッテマリーンズが、39年ぶりの都内主管試合の会場として使用され、2018年にも主催試合1試合を開催する予定である。2018年は埼玉西武ライオンズも主催試合1試合を開催する予定である。

その他、2006 ワールド・ベースボール・クラシックのアジアラウンド、2009 ワールド・ベースボール・クラシックの東京ラウンド、2013 ワールド・ベースボール・クラシックの東京ラウンド、2017 ワールド・ベースボール・クラシックの東京ラウンド、アジアシリーズ(2005 – 2008年)、2015 WBSCプレミア12などの国際試合、日米野球などの国際親善試合も東京ドームで開催された。アマチュア野球は都市対抗野球大会、全日本大学野球選手権大会が毎年開催されている。他にもプロ野球マスターズリーグの東京ドリームズが本拠地として使用していた。野球のほかにも格闘技・プロレスの興行やコンサート、商品の展示会なども行われる。

2002年からロングパイル人工芝を日本の野球場で初めて採用した。天然芝に近い感触の特殊な繊維とクッション材を採用し、選手の負担を軽減している。ドームの広さは約216メートル四方で建築面積は46,755m2、容積は約124万m3。夜間はライトアップされている。2007年の改修で喫煙コーナーを廃止して喫煙室を新設し、完全分煙した。日本で唯一昭和に開場したドーム球場である。

施設概要

ライトアップされた東京ドーム(2013年11月)

東京都文京区後楽一丁目付近の風景

国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成中央付近の白い建物。1989年撮影

球場データ

  • 所在地 – 東京都文京区後楽一丁目
  • 建築面積 – 46,755m2
  • 建物高さ – 56.19m
  • 階数 – 地上6階・地下2階
  • 容積 – 1,240,000m3
  • 収容人数(詳細は後述) – 野球時約46,000人、コンサート時57,000人
  • フィールド – 両翼100m、中堅122m、左右中間110m
  • グラウンド面積 – 13,000m2
  • スコアボード – 2基(メイン・サブ)
  • メインスコアボード – 全面フルカラーLED(三菱電機製・オーロラビジョン、7.0m x 34.0m)
  • 内外野 – ロングパイル人工芝「フィールドターフ」
  • 外野フェンスの高さ – 4.24m(ラバー 4.0m + ネット 0.24m)
  • 2009年(平成21年)まではラバーのみの4.0m
  • グラウンド面からの屋根の高さ – 61.69m
  • 落成・供用開始日

  • 落成式 1988年(昭和63年)3月17日
  • 公式戦開始日 同年3月18日
  • 一般使用開始日 同年12月24日
  • フィールド

    フィールドは人工芝を採用。開業後は巻き取り式のショートパイル人工芝を使用していたが、2002年(平成14年)から試合会場としては日本で初めて、天然芝に近い性質を持つといわれるロングパイル人工芝「フィールドターフ」を導入した。背景として当時の主力であり膝痛に苦しみながら中堅手として出場を続けていた松井秀喜への配慮があった。このフィールドターフは2007年(平成19年)3月、2014年(平成26年)3月と2回の張り替えが行われている。

    グラウンド地下に一周400メートルのバンク(競走路)が収納されている(後楽園競輪場跡地に建てられており、将来の後楽園競輪復活も視野に入れているため)。かつては「サイクルスポーツフェスティバル」と題して、模擬競輪など競輪・自転車競技に関するイベントが行われたが、2008年を最後に開催が途絶えている。世界選手権自転車競技大会とオリンピックは走路の周長と設備面から、現状は国際自転車競技連盟の特別承認を得ないと開催できない。

    外野フェンスは2010年(平成22年)から従来のラバーフェンス(高さ4.0m)にネットフェンス(高さ0.24m)を付け加えたものとなっている。ネットフェンスを付け加えた主目的はホームランを判定しやすくするためである。ラバーフェンスのスタンド側上部に手すりがあり、それに打球が当たった場合はスタンド内の構造物としてホームランである(ラバーフェンスの一部としてインプレーとしていた年度もある)が、インプレーとなるラバー最上部で跳ねた場合と判別がしにくく判定を巡りトラブルとなることも多かった。スタンド最前列から見てもフェンスが低く、落下の危険性や観客がホームランにならないような打球に触れることも容易であるという欠点もある。これについては2014年4月19日の対中日戦で坂本勇人が大野雄大から放った左中間への大飛球をインフィールド側まで手を出していたファンが直接捕球してしまい、ビデオ判定の結果本塁打から二塁打に変更されたという例がある。

    ホームランの出やすさの理由として、第一に、左中間・右中間の膨らみが小さく110mしかないことが挙げられる。これは、現在の12球団の本拠地球場の中でもっとも狭い(ヤフオクドームも同じ規格である)。第二に、屋内球場で湿度が低いために、打球が伸びやすいことがあげられる。他方で、気圧で屋根を膨らませている球場であるために気圧によってホームランが出やすいことが指摘されることがあるが、物理的に高気圧で打球が伸びないことはあっても伸びることはないので、これは誤りである。

    このような見解を踏まえ、外野フライに打ち取ったかに思えた打球が外野席最前列に入ってホームランとなった場合に、これを「ドームラン」と揶揄的に称することがある。当の選手たちもこれを自覚しており、ふらふらとあがった打球の動きが千鳥足のように見えることから「酔っ払い」と称していた。

    もっとも東京ドームは野球規則1.04に記載されている国際基準を満たすNPB初の本拠地球場であり、完成当時としては広い球場だったことは確かである。実際に後楽園球場でなされた1987年の公式戦は112試合で234本の本塁打(1試合平均2.09本)が出たが、東京ドームの1988年(昭和63年)の公式戦112試合は147本(1試合平均1.31本)が出たにとどまり、約4割も減少している。他球場と比較しても、東京ドームの1試合当たりの平均本塁打数は、各球団の本拠地11球場中、1988年(昭和63年)10位、1989年(昭和64・平成元年)10位、1990年(平成2年)11位、1991年(平成3年)7位となっており、開場後数年は本塁打の出にくい球場だったといえる。

    しかし、その後20余年が経過する中で、他球団は本拠地を1991年開業の千葉マリンスタジアム(ロッテ)、1993年開業の福岡ドーム(ダイエー(現・ソフトバンク))などのより広い球場へ移転したほか、既存の球場でも西武ドームのように、改修でフェアグラウンドの形状が広げられたこともあり、開業からフェアグラウンド面積に変更のない球場は東京ドームと横浜スタジアム(1978年開業)のみとなった。その意味で、東京ドームは時代の経過とともに相対的に狭いとみなされるようになった球場であるといえる。明治神宮野球場は左右翼の改修工事を行うも97.5mに留まっており、狭い球場と認識されている。

    90年代半ば以降は東京ドームをホームとする読売ジャイアンツと03年まで当ドームをホームにしていた日本ハムファイターズが、ビッグボール路線をメインにしたチーム戦略を展開していたことも本塁打の増加に拍車をかけた。

    東京ドームでの1試合あたりの平均本塁打数(公式戦)1988年は1.31本(112試合で147本)だったのに対して2004年は3.43本(76試合で261本)と本塁打率が2.6倍以上に増加し、統一球導入前後で、2010年は2.88本(73試合で210本)・2011年は1.42本(69試合で98本)と半数以下に激減していることから、球場の広さ以外の要素(ボールの影響)も否定できない。

    東京ドーム竣工直前までは、東京ドームは(当時の他球場と比較して)フィールドが広く、フェンスの高さも後楽園球場と比較して高くなったので本塁打の数が減るだろうと各野球雑誌で掲載され、前述のように約4割本塁打の数は減少したものの、東京ドーム開業初年度のシーズン終了後はそのような記事も徐々になくなっていった。本塁打が減少する分、逆に三塁へのクロスプレーが増えると評する野球雑誌もあった。

    屋根・天井

    屋根は空気膜構造と呼ばれるもので、内部の空気圧を外部よりも 0.3%(3ヘクトパスカル)高くして膨らませている。インフレートと呼ばれ、完成時に屋根を膨らます作業が行われた。この作業はメディア等でも取り上げられている。圧力差を維持するために送風ファンを合計36台設置しており、ドア開閉がある場合は10台から18台、ドア閉鎖時は2台を動作させて気圧を維持する。出入り口は手動式回転ドアやエアロックが設置されており、全面的なドア開放は与圧が抜けて屋根が潰れる原因になるので出来ない。多数の観客が退場する際は通常のドアも開放されるが、気圧のため外向きに強い風が起こり注意を要する。この風は回転ドアのわずかな空間でも発生している。隣接する小石川後楽園の日照に配慮するため、屋根の高さが外野方面に向かって低くなっていくように設計されている。

    屋根は28本のワイヤを8.5メートル間隔で縦横に並べ、その間に二重構造の膜を張ったものとなっている。膜はガラスクロス(織物)の表面をフッ素樹脂でコーティングしたもので、耐候性・耐熱性・非粘着性に優れた不燃材料である。内膜は音を吸収する特性もある。耐用年数は20年以上。総重量は400トン。太陽光の約5%を透過する。施工は太陽工業。ワイヤからテレビカメラ(中央部)、スピーカー(中央部1個、膜屋根周辺21個)、照明(14ヶ所)が吊るされている。

  • 外膜は厚さ0.8ミリメートル。アメリカのケミカル・ファブリックス社製品。
  • 内膜は厚さ0.35ミリメートル。中興化成工業社製品。
  • デーゲームの際に、ボールと屋根の色が同化して見づらくなる現象が起こる。プロの選手でも打球を見失う事例が起こるほどである。

    中央部のテレビカメラ(通称『トップアイ』)からの映像は、野球中継だけでなくNHK・民放各局の夜のスポーツ速報番組などに使われていた。最近の巨人戦などの野球中継はあまり頻繁に使用しないが、投手の投球練習を上から撮影する際などに使用されている。巨人の優勝決定時に行われる胴上げの際は『トップアイ』からの映像が必ず使用される。

    設計に当たっては、打球が屋根に当たらないように高さが設定された。完成直前の東京ドームをテレビの収録で訪れた長嶋茂雄は「この天井にボールをぶつけることは無理でしょう」と述べていたが、実際は打球が天井や懸垂物に当たった例は多数ある(東京ドームの特別ルールの適用例を参照)。

    東京ドームは打球が天井や懸垂物に当たった場合などに備えて特別ルールの「東京ドーム特別規約」が設けている。

    東京ドーム特別規約(2016年現在)の内容は以下の通り。

  • 打球が、フェア地域上の天井や懸垂物に当たった場合は、ボールインプレイとする。ファウル地域上の天井や懸垂物に当たったり、穴や隙間に入り込んだ場合は、ボールデッドとする。
  • 打球が、フェア地域内にある天井の穴または隙間に入り込んだ場合、あるいは懸垂物に挟まった場合は、ボールデッドとし、打者および走者には投球当時を基準にして二個の安全進塁権が与えられる。
  • 内野から外野にかけてフェンス上にボールが留まった場合は、ボールデッドとする。ただし、バックネットの低いフェンス上にボールが留まった場合は、ボールインプレイとする。
  • ボールボーイ用の椅子にボールが当たってプレイングフィールドに跳ね返った場合は、ボールインプレイとする。ただし、ダッグアウトの屋根の上に留まるか、ひさしに当たった場合は、ボールデッドとする。
  • エキサイトシート内にボールが入った場合は、ボールデッドとする。ただちにプレイングフィールドに跳ね返った場合もボールデッドとする。
  • ボールがカメラマン席に留まった場合は、ボールデッドとする。ただちにプレイングフィールドに跳ね返った場合もボールデッドとする。
  • ??東京ドーム特別規約

  • 打球がフェア地域の天井や懸垂物に当たった場合(上記1関連)
  • 打球がフェア地域の天井や懸垂物に当たった場合はボールインプレイで、落下地点または野手が触れた地点でフェアボールかファウルボールか判定する。
  • 1988年(昭和63年)7月4日 – 日本ハム対阪急戦で、ダラス・ウィリアムズ(阪急)の打球が天井に当たったが2階内野席に落ちたためファウル(特別ルール適用第1号)。
  • 1990年(平成2年)6月5日 – ラルフ・ブライアント(近鉄)の打球が天井に当たったが二塁手が捕球してアウト(天井に当たった打球がフェアになった第1号)。後述の東京ドーム初の認定本塁打はこの翌日に出ている。
  • 2005年(平成17年)7月30日 – 巨人対中日戦で、通算350号本塁打まで残り1本に迫っていた江藤智(巨人)が本塁打性の特大飛球を放ったが、打球は屋根に当たりグラウンドに落下。中日の左翼手・英智に捕球され、350号は幻となった(通算350号は西武へ移籍した翌年4月15日に達成)。
  • 2007年(平成19年)7月20日 – オールスターゲーム第1戦で、オールパシフィックの山﨑武司(楽天)が天井に当てている(結果はサードのファウルフライ)。
  • 2010年(平成22年)7月3日 – 巨人対阪神戦で、クレイグ・ブラゼル(阪神)の打球が天井に2度当たりグラウンドに落下することなくそのまま右中間席中段へ入りホームランとなった。
  • 打球が外野のフェア地域に設けられた懸垂物に当たった場合はホームランとなる(認定ホームラン、過去3例)。
  • 1990年(平成2年)6月6日(1例目) – 日本ハム対近鉄戦で、ラルフ・ブライアント(近鉄)が角盈男(日本ハム)から記録。打った打球をセンター守備位置上にあるメインスピーカーに直撃させた(推定飛距離160メートル)。これをきっかけに、東京ドームはメインスピーカーに当てた認定ホームランを記録した選手に対してスピーカーの提供メーカーより賞金150万円を贈呈することにした。2016年から開始された大規模改修工事により、このメインスピーカーは撤去されている。
  • 2008年(平成20年)6月7日(2例目) – 巨人対ロッテ戦で、フリオ・ズレータ(ロッテ)がエイドリアン・バーンサイド(巨人)から記録。打った打球をレフト守備位置上にある照明機器に直撃させた(推定飛距離150メートル)。
  • 2014年(平成26年)4月9日(3例目) – 巨人対広島戦で、村田修一(巨人)が今村猛(広島)から記録。打った打球をレフト守備位置上にある照明機器に直撃させた(推定飛距離150メートル)。
  • 打球がフェア地域内にある天井の穴や隙間に入り込んだ場合あるいは懸垂物に挟まった場合(上記2関連)
  • 打球がフェア地域内にある天井の穴や隙間に入り込んだ場合あるいは懸垂物に挟まった場合はボールデッドとなり、フェア地域内なら打者走者ともに2個の安全進塁権が与えられ(エンタイトルツーベース)、ファウル地域ならファウルボールとなる。
  • 2002年(平成14年)7月18日 – 巨人対横浜戦で、巨人の松井秀喜が横浜の森中聖雄から記録。ボールは挟まっておらず二重構造の膜の間を通ってライトスタンドの巨大看板上の照明付近まで転がっていた。この「幻のドーム場外」ボールは2日後に取り出され、現在、当ドーム内の野球体育博物館に松井本人のサイン入りで保存されている。
  • 2016年(平成28年)11月13日 – ワールド・ベースボール・クラシック日本代表対オランダ代表戦の強化試合で、日本の大谷翔平がオランダのフロラヌスから記録。打球はライト方向の天井の隙間に入った。ボールは二重構造の膜の間を通って一塁側2階席上段の縁まで転がっていた。このボールは翌日回収され、サイン入りで11月29日から展示されている。
  • スタンド

    日本の球場としては珍しく、メインとなる内野2階コンコースから直接グラウンドが見える構造となっており、グラウンドに近いスペースを立見席として販売している。車椅子を利用する観客のために、立見席の一部を「車椅子席」としている。車椅子だけでなく、介護ベッドを利用する観客も利用できるようになっており、介護ベッドを設置し、介護ベッドで横になりながら試合を観戦している観客もいる。発売方法は通常と異なる。他に内野は1階と4階、外野は1階にコンコースがあり、グラウンド面は地下5.5mの高さである。かつて1階のコンコースは一塁側がつながっていた。オープン当初は売店等が立ち並び、外野と内野を行きかう人々で賑わっていたが、数年で閉鎖された。現在は外野側、内野側いずれもシャッターで閉ざされ中に入ることはできない。閉鎖後は倉庫として使用されている。

    基本的に座席の色は青とシーズンシートのグレーで統一されている。敷地の関係上、日本の球場としては外野席の比率が低い。内野席は2層式で中間にバルコニー席があり、巨人戦は食事付き年間指定席となっている。バルコニー席の中央部分はVIP用スペースとなっており、イベントによってはバルコニー席全体が関係者用スペースにもなる。スタンドのファウルポール付近は可動席で、サッカー、アメフト等の開催時はフィールドを広げられるようになっている。かつてはスタンド下方への自動収納式のものがあったが廃止されている。

    巨人主催ゲームについては2009年から2010年まで、平日ナイターに限り内野C指定席の一部を学割チケットとして販売していた(阪神戦を除く)。

    左翼スタンドのセンター寄りを巨人の応援席にした「レフト巨人応援席」、残りの座席の一部を「ビジターチーム応援席」と設定したため、巨人ファンとビジターファンとの外野の座席比率はおよそ6:4(実質見た目は7:3ぐらいに見える。)になっている。元来ライト側に入れない巨人ファンがレフトのライト側寄りで応援していたことと、レフト側でビジターチームを応援する客が少なかったこと、2005年(平成17年)後半戦の阪神戦以外の全ての試合で、バックスクリーン周辺のレフトスタンドの客席の空席が目立ち過ぎたことなどから、設定された席種である。阪神戦は、阪神ファンの集客率が他球団のファンのそれと比較すると圧倒的に高い点や巨人と阪神のファン同士での争い事の発生を避けることなどを理由に「レフト巨人応援席」は設定されておらず、レフト外野席全てが事実上のビジター応援席となる。

    都市対抗、大学選手権、プロ野球のアジアシリーズが開催される期間中は、一・三塁側スタンド最前列に応援団の特設ステージが設けられる。

    2005年(平成17年)から内野一・三塁側のファウルゾーンにフィールドシート(エキサイトシート)を設置(228席)した。2009年(平成21年)からは座席列が2列から4列に増設されて420席(一塁・三塁各210席)となっている。2017年からは一塁、三塁側に合わせて154席増設され、合計574席となった。38席分に頭上まで防球ネットエリアが新設された。

  • プロ野球を開催する場合のみ使用され、アマチュア野球や他のイベントは使用しない。ただし、アマチュア野球の試合であってもシートの撤去はしない。アメリカンフットボールやコンサートなど、特にフィールドを広く使うイベントである場合は撤去される。
  • 利用する観客へは防御用のヘルメットとグローブが貸し出される。ヘルメットは必ず着用しなければならない。
  • 売り子が入ることができない。入口際のネット越しに購入することが可能である。
  • 巨人主催ゲームについては年間予約席(108席)と一般指定席(120席)の2種類が設定され、一般席は抽選で販売される。座席数が非常に少ないため抽選は毎回高倍率となる(2008年(平成20年)まで)。* 2010年(平成22年)以降の巨人主管試合は日本マクドナルド協賛「マクドナルドエキサイトシート」として運営されている。協賛の一環として、巨人主管試合では額面1700円以上のチケット(エキサイトシート以外も含む)による入場者に漏れなく全国マクドナルド店舗で利用できるビッグマック割引クーポンが贈呈される。巨人主催試合の一部で巨人と対戦相手双方でホームランが出た場合「BIG MAC TWIN ARCH」としてビッグマックを無料進呈。どちらか一方しか出なかったりホームランがない場合でも200円で優待。
  • 日本ハム主催ゲームは2008年(平成20年)までシーズンシートだけの設定だったが、2009年からは一般発売もされている。
  • プロ野球の各球団は、2004年(平成16年)までその主催のシーズン公式戦の観客数を概数で数字で発表していた。東京ドームは収容人員を1988年から1994年まで56,000人、1995年から2004年まで55,000人とし、巨人戦の観客数を実際の入場者数に関わらず満員の55,000人(1994年まで56,000人)と発表していた。朝日新聞によると、設計段階は50,009人であり行政指導の結果46,314人に減ったが(後述)、満員で5万人と発表していた後楽園球場よりビッグを強調したいとの商魂が先行したためとされている。

    ただし、日本シリーズやオールスターゲームは、各球団ではなく日本野球機構の主催となり、同機構が公益法人(一般社団法人)のため実際の有料入場者数が記録されることになっている。日本野球機構主催ゲームの最多有料入場者数は、1994年日本シリーズ第2戦の46,342人。

    2005年(平成17年)からプロ野球全体で観客数発表を実数に近似させるため、通常は実際の入場者ではなくシーズンシートを含めたチケット購入者数を、プロ野球チームが本拠としている各球場でも収容人員の変更が行われているが、東京ドームは観客数発表の方法は変更したものの収容人員の変更はしばらくされていなかった。2013年現在は野球開催時の収容人数を約46,000人と公称している。

    開場当初、小石川消防署に届けられていた定員は46,314人(そのうち立ち見2,976人)であった。2005年(平成17年)4月13日の産経新聞は、改修を経て現在の数字である45,600人に落ち着いたとある。2009年(平成21年)現在はエキサイトシート420席が加わる。現在、東京ドームの収容人数をプロ野球関連の刊行物では45,600人と記載することが多い。注釈付で55,000人としている場合もある。2013年現在、小石川消防署に届けられている定員は明らかにされていない。

    野球以外でのイベントは、2002年12月7日の「K-1 WORLD GP 2002 決勝戦」が主催者発表で74,500人、1998年(平成10年)4月4日の新日本プロレス他主催の燃える闘魂アントニオ猪木引退試合が主催者発表で70,000人、などの記録がある(コンサート、格闘技などはグラウンドにも座席を設けるため、野球開催時より多数の観客を収容できる)。1998年8月30日の日本テレビ主催の今世紀最後!! 史上最大! アメリカ横断ウルトラクイズは、1階席と2階席のみでバルコニー席を使用しなかったが、50,453人と水増し発表されている。

    2007年(平成19年)より、コンコースで設置されていた喫煙ブースを廃止し、新たにゲート外、および1階内野コンコース1塁側、3塁側に喫煙ルームを設置し、分煙を行なっている。

    東京ドームは、野球開催時に以下のような規制を行っている。

  • トランペット(トロンボーン)、カネ、笛、太鼓
  • 指定・許可されたNPB公認の私設応援団のみ持込・使用可
  • 拡声器、ラジカセ等、大音量を発生させる物の持込不可。都市対抗野球はマイクの使用が可能。
  • 騒音問題に対応し、22時以後は使用禁止。
  • 巨人主催試合
  • 日本ハム主催試合
  • 応援旗
  • 一般客は、縦500mm以内、横500mm以内のものであれば持込可。それ以上の大きさのものは、指定・許可されたNPB公認の私設応援団のみ持込・使用可。ただし同時に振れるのは6本まで。
  • 旗竿は1本に限り、650mm以内であれば持込可。
  • 応援幕
  • 一般客は縦600mm以内、横600mm以内の大きさで、必ず一人が手で持てる仕様であるものであれば、持ちやすくするために柄を2本付けたものでも持込可。2人以上で持つものは、横断幕とみなされ、持込不可となる。それ以上の大きさのものは、指定・許可されたNPB公認の私設応援団のみ持込・使用可。上記の大きさを超える「ゲートフラッグ」は、一般客・応援団共に持込禁止。
  • 手持ちのみとし、球場施設(フェンス、スタンド等)への取り付けは禁止。横断幕に旗竿等を使用したものは、一般客・応援団共に持ち込みはできない。
  • 応援ボード等
  • 一般客は、大きさは縦600mm以内、横600mm以内の物で、必ず一人が手で持てる仕様であるものであれば、持込可。ボードを支える棒などは使用できない。2人以上で持つものは、横断幕とみなされ、持込不可となる。
  • 1枚の大きさが規定以内でも、テープ等でつなげた物は持込不可。入り口にて切り離すか、没収となる。一枚ずつに分かれているものを2人以上で掲げ、選手の名前や文章にする行為は許可されている。
  • 応援幕・メッセージボード等の内容は、チームや選手を応援するものに限り、公序良俗に反する内容や誹謗中傷(球団への批判等)を含む内容のものは、持込ができない。試合中に掲げても、掲げている内容が試合中でも厳しくチェックされているため、発見され次第係員に没収される。

  • ジェット風船、紙吹雪、紙テープ
  • 優勝決定時の演出を除き、応援団・一般客とも野球の原則使用不可。(ジェット風船は、ドームが空気圧で膨らんでおり、それが基で破裂する恐れがあることから、特に使用許可が出る場合を除いて一切使うことはできない。ただし、1998年12月31日から1999年1月1日にかけて行われたJ-FRIENDSのカウントダウンライブはジェット風船が飛ばされていた)。
  • 巨人主催試合1993年(平成5年)まで、日本ハム主催試合は2006年(平成18年)まで太鼓を使用できなかった。理由は一説によると、東京ドームの応援規制が緩和された1994年に巨人・日本ハム両応援団は「トランペット(トロンボーン)持込数増加」と「太鼓持込」のいずれかを選択することになり、巨人応援団は太鼓を、日本ハム応援団はトランペット(トロンボーン)を選択したと言われる。日本ハム主催試合で2007年以降太鼓が認められるようになったのは、巨人主催試合のビジター戦では太鼓が認められ、ホーム戦で認められない事に対する矛盾を解消する事が理由であると言われる。

    球場内へは、グラウンド等への投げ込み防止のため、ビンやカン、ペットボトル(500mlを超えるものおよび凍らせたもののみ)の持ち込みは禁止されており、各ゲート入り口にて中身を指定の紙コップに移し替えなければならない(水筒や紙パックのものは持込可、2013年途中まで全てペットボトルが禁止)。クーラーボックスやベビーカーなど、観戦の妨げになる恐れのある物の持ち込みもできない(ベビーカーは、入場ゲートにて預かりとなる)。1995年(平成7年)の地下鉄サリン事件と2001年(平成13年)のアメリカ同時多発テロ事件以降、入場時に持ち物を検査している。

    球場内は、1階から2階まで自由に行き来でき、各階の色々な売店にて買い物ができる。ただしバルコニー席のチケットを持たない人は、バルコニー席へ移動できない。

    東京ドームは、一部のイベントは一旦東京ドームの外へ出た人も再入場ができる。イベントにより再入場の手続き方法が異なる。巨人戦は2006年(平成18年)から導入されており、21ゲート、23ゲートで手に再入場を証明するスタンプを押され再入場券が発行される。再入場時にチケットの半券とスタンプ、再入場券が確認できれば、再入場ができる。

    膜屋根に降った雨水は、地下の貯水槽に貯留され、下水道への雨水放流の緩和を図ると同時に、貯留した雨水は施設内のトイレの洗浄水(便器の洗浄水のみ・手洗いは別)として、災害時の消防用水としての中水道システムとして活用されている。

    衛生面や快適性を向上させるために施設内すべての大便器・小便器にサニタイザーが取付けられている。

    看板広告

    バックネットのフェンス広告は2004年(平成16年)から電動により広告パターンを複数出せるようになっている。オールスターゲームが開催される場合は、オールスターゲームの冠スポンサー(2006年まで三洋電機、2007年はガリバーインターナショナル、2008年から2016年までマツダ、2017年からはマイナビ)の広告を掲出している。東京ドームでのオールスターはこれまで1988、1991、1993、1996、2000、2002、2007年、2015年に開催されたことがある。日本シリーズが開催される場合もオールスター同様に冠スポンサー(2011年から2013年までコナミ、2014年からは三井住友銀行)の広告を出している。

    外野に11枚(左翼6枚、右翼5枚。〈開設当初は9枚:左翼5枚、右翼4枚〉)の巨大看板が設置されている。プロ野球開催時にこの巨大看板に直撃するホームランを打った選手に対して「東京ドーム・ビッグボードホームラン賞」として100万円の賞金か相当するスポンサー商品が贈呈される。日産自動車がスポンサーだった時は同社製の乗用車(約400万円相当)がプレゼントされていたことがあった。ビッグボード広告は2016年現在、インターネットイニシアティブ、キリン、東日本旅客鉄道、セブン-イレブン、ニッタン、財宝、バンダイナムコホールディングス、大塚製薬、セコム、旭化成ホームズ、シマダヤの11社。ボード広告ではないが、巨人戦の際にオーロラビジョンの自由表示部がプレイ中に「クラブジャイアンツ・G-po」の広告として固定表示される。オールスターゲームおよび巨人が出場した際のポストシーズン・ゲーム(クライマックスシリーズ、日本シリーズ)は、看板に当たるホームランが出ても、賞金、賞品は出ない。

    かつてはライト側の柱広告に直撃するホームランを打った選手に300万円の賞金が贈呈されていたが、契約終了により2006年(平成18年)に廃止されて広告が撤去された。

    東京ドームは、消費者金融の会社の広告を一切出していない。以前に大阪近鉄バファローズが消費者金融のアコムとスポンサー契約を新たに結び、ヘルメットに同社名を記したことを、巨人の渡邉恒雄オーナーが「プロ野球の品位を汚す。消費者金融の広告など、子供に見せられない。東京ドームは、消費者金融の広告は一切ない。」と痛罵したが、その発言時は東京ドームでも同業のプロミスの広告が出されていた。その後シーズンオフに、次年度の広告掲載の契約更新の際、東京ドームがプロミスに「来年の広告掲載の更新は見送って欲しい。状況を理解して欲しい。」と更新を行なわない旨を通達し、プロミスも了承し、消費者金融の広告は一切排除された。

    バックスクリーンは開場当時は両サイドの広告(同一企業のもの2枚)を貼るのみだったが、その後中央部分にプリズマビジョンと呼ばれる回転板が張られるようになった。

    室内広告として、試合約40分前、3回裏、5回裏、7回裏のグランド整備の間、ゲームセットコールの直後と客出しの間の15 – 20分間に、ビッグヴィジョンへ生中継できるカメラとサンプル商品などを投下する3つの小型気球、それぞれを装備可能な無人飛行船が日飛行する。巨人勝利の際はヒーローインタビューのTVのカメラフレームに入り込むように飛行する。

  • 1988年 – 1992年: KIRIN、NISSAN、全日空、MINOLTA、SEIKO、パイオニア、JT、ミサワホーム、NEC
  • 1993年: KIRIN、NISSAN、全日空、ポカリスエット、SEIKO、パイオニア、JT、SEGA、NEC
  • 1994年 – 1995年: KONAMI、KIRIN、NISSAN、全日空、オロナミンC、昭和シェル石油、パイオニア、JT、セコム、NEC、UCカード
  • 1996年 – 1997年: コナミ、KIRIN、NISSAN、JA共済、オロナミンC、FUJIFILM、パイオニア、JT、セコム、NEC、UCカード
  • 1998年 – 1999年: コナミ、KIRIN、NISSAN、JRA、オロナミンC、FUJIFILM、パイオニア、JT、セコム、NEC、UCカード
  • 2000年 – 2001年: HOYA、KIRIN、NISSAN、明治ブルガリアヨーグルト、オロナミンC、FUJIFILM、パイオニア、JT、セコム、NEC、UCカード
  • 2002年: HOYA、KIRIN、NISSAN、明治ブルガリアヨーグルト、スカパー!、FUJIFILM、パイオニア、オロナミンC、セコム、ヘーベルハウス、UCカード
  • 2003年: HOYA、KIRIN、NISSAN、明治ブルガリアヨーグルト、エプソン、FUJIFILM、パイオニア、オロナミンC、セコム、ヘーベルハウス、UCカード
  • 2004年: コムスン、KIRIN、NISSAN、明治AYA、エプソン、FUJIFILM、パイオニア、オロナミンC、セコム、ヘーベルハウス、UCカード
  • 2005年: コムスン、KIRIN、NISSAN、明治ブルガリアヨーグルト、JAL(日本航空)、FUJIFILM、パイオニア、オロナミンC、セコム、ヘーベルハウス、UCカード
  • 2006年: コクヨ、KIRIN、NISSAN、明治ブルガリアヨーグルト、日興コーディアル証券、FUJIFILM Finepix、パイオニア、オロナミンC、セコム、ヘーベルハウス、UCカード
  • 2007年: コクヨ→IIJ、KIRIN、NISSAN、明治ブルガリアヨーグルト、日興コーディアル証券、東京電力、パイオニア、オロナミンC、セコム、ヘーベルハウス、UCカード
  • 2008年: IIJ、KIRIN、JR東日本、明治ブルガリアヨーグルト、日興コーディアル証券→HOYA、JINRO、パイオニア、オロナミンC、セコム、ヘーベルハウス、UCカード
  • 2009年: IIJ、キリン一番搾り、JR東日本、明治ブルガリアヨーグルト、ニッタン、JINRO、東映、オロナミンC、セコム、ヘーベルハウス、UCカード
  • 2010年 – 2012年: IIJ、キリン一番搾り、JR東日本、meiji、NITTAN、東映、MARUHAN、大塚製薬、SECOM、旭化成ホームズ、オリコ→竹中工務店
  • 2013年: IIJ、キリン一番搾り、JR東日本、meiji、NITTAN、財宝、MARUHAN、大塚製薬、SECOM、旭化成ホームズ、竹中工務店→シマダヤ
  • 2014年: IIJ、KIRIN、JR東日本、セブン-イレブン、NTTAN、財宝、MARUHAN、大塚製薬、SECOM、旭化成ホームズ、シマダヤ
  • 2015年: IIJ Mio、KIRIN、JR東日本、セブン-イレブン、NTTAN、財宝、MARUHAN、大塚製薬、SECOM、旭化成ホームズ、シマダヤ
  • 2016年 – : IIJ Mio、KIRIN、JR東日本、セブン-イレブン、NTTAN、財宝、バンダイナムコ、大塚製薬、SECOM、旭化成ホームズ、シマダヤ
  • 1988年 – 1989年: サントリー生ビール、Panasonic、ワールド、リョービ、東邦生命、フコク生命、パソコンは富士通、コニカカラー、日本航空、フジカラー、KUBOTA クボタ、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1990年 – 1991年: サントリーモルツ、Panasonic、ワールド、リョービ、東邦生命、フコク生命、FUJITSU 富士通、コニカカラー、JAL日本航空、フジカラー、Kubota、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1992年: サントリーモルツ、Panasonic、ワールド、リョービ、東邦生命、フコク生命、FUJITSU 富士通、コニカカラー、JAL日本航空、FUJIFILM、Kubota、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1993年: サントリーモルツ、Panasonic、ワールド、リョービ、東邦生命、フコク生命、FUJITSU 富士通、コニカカラー、JAL日本航空、CASIO、Kubota、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1994年: サントリーモルツ、Panasonic、ホクレン 摩周の霧水、RYOBI、東邦生命、フコク生命、FUJITSU FMTOWNS、コニカカラー、日本アジア航空、CASIO、Kubota、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1995年: モルツ MALTS、Panasonic、ホクレン きらら397、RYOBI、東邦生命、フコク生命、FUJITSUパソコン FMV、コニカカラー、JAA日本アジア航空→JAL STORY→もっといい旅i’ilアイル、CASIO、Kubota、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1996年: モルツ MALTS、Panasonic、ホクレン きらら397、RYOBI パワーツール、東邦生命、フコク生命、FUJITSUパソコン FMV、Konica、JAA日本アジア航空→JAL STORY、CASIO、Kubota、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1997年: モルツ MALTS、Panasonic、ホクレン、RYOBI パワーツール、東邦生命、フコク生命、FUJITSUパソコン FMV、Konica、JALホテルズ、CASIO、Kubota、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1998年: モルツ MALTS、Panasonic、ホクレン、RYOBI パワーツール、GEエジソン生命、フコク生命、FUJITSUパソコン FMV、Konica、JAL CARD、CASIO、Kubota、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 1999年: モルツ MALTS、Panasonic、ホクレン ほしのゆめ、RYOBI パワーツール、MASPRO、フコク生命、KOMATSU、Konica センチュリア、旅にJALカード、CASIO、Kubota、日本火災、FUJI XEROX、大和證券
  • 2000年: モルツ MALTS、Panasonic、ホクレン、KONAMI、MASPRO、フコク生命、KOMATSU、Konica、旅にJALカード、CASIO、Kubota、日本火災、FUJI XEROX、大和証券
  • 2001年: マグナムドライ、Panasonic、ホクレン、KONAMI、MASPRO、フコク生命、KOMATSU、Konica、ジャルパックのアイル、CASIO、Kubota、日本興亜損保、FUJI XEROX、大和証券
  • 2002年: モルツ MALTS、Panasonic、ホクレン ほしのゆめ、KONAMI、MASPRO、フコク生命、Konica、TU-Ka、JALバーゲンフェア、CASIO、Kubota、日本興亜損保、FUJI XEROX、大和証券
  • 2003年: モルツ MALTS、Panasonic、ホクレン ほしのゆめ、KONAMI、MASPRO、フコク生命、Konica、Canon、JAL日本航空、CASIO、Kubota、日本興亜損保、FUJI XEROX、大和証券
  • 2004年: モルツ MALTS、Panasonic、ホクレン ほしのゆめ、KONAMI SPORTSCLUB、MASPRO、フコク生命、KONICA MINOLTA bizhub、Canon、JAL日本航空、CASIO、Kubota、日本興亜損保、FUJI XEROX、大和証券
  • 2005年: モルツ MALTS、Panasonic、ホクレン ほしのゆめ、KONAMI、マスプロアンテナ、フコク生命、コニカミノルタ、Canon、JAL日本航空、CASIO、Kubota クボタ、日本興亜損保、オープンインタフェース、大和証券
  • 2006年: ザ・プレミアム・モルツ、Panasonic、ホクレン ほしのゆめ、KONAMI、日研総業、フコク生命、コニカミノルタ、Canon、JAL日本航空、CASIO、Kubota クボタ、日本興亜損保、オープンインタフェース、大和証券
  • 2007年: ザ・プレミアム・モルツ、Panasonic、ホクレン ななつぼし、KONAMI、日研総業、フコク生命、コニカミノルタ、Canon、積水ハウス、CASIO、Kubota クボタ、日本興亜損保、オープンインタフェース→スルガコーポレーション、大和証券
  • 2008年: ザ・プレミアム・モルツ、Panasonic、ホクレン ななつぼし、KONAMI、日研総業、フコク生命、コニカミノルタ、Canon、積水ハウス、CASIO、Kubota クボタ、日本興亜損保、SANKYO、大和証券
  • 2009年 – 2010年: ザ・プレミアム・モルツ、Panasonic、ホクレン ななつぼし、KONAMI、OIZUMI、フコク生命、コニカミノルタ、Canon、積水ハウス、CASIO、Kubota クボタ、日本興亜損保、SANKYO、大和証券
  • 2011年: ザ・プレミアム・モルツ、エネファーム、ホクレン、KONAMI、OIZUMI、フコク生命、コニカミノルタ、Canon、積水ハウス、CASIO、TAKENAKA、日本興亜(右に当社のキャラクターのエコラッタ)、SANKYO、大和証券
  • 2012年: ザ・プレミアム・モルツ、エネファーム、ホクレン、KONAMI、OIZUMI、フコク生命、コニカミノルタ、Canon、積水ハウス、CASIO、アサヒスーパードライ、日本興亜、SANKYO、大和証券
  • 2013年: ザ・プレミアム・モルツ、エネファーム、Daiichi、KONAMI、OIZUMI、フコク生命(右に当社キャラクターのハローキティ)、コニカミノルタ、Canon、積水ハウス、CASIO、アサヒスーパードライ、日本興亜、SANKYO、大和証券
  • 2014年-2016年: プレミアム・モルツ、新宿健診プラザ、FieLES、アートネイチャー、OIZUMI、フコク生命(左に当社キャラクターのハローキティ)、コニカミノルタ、Canon、積水ハウス、CASIO、アサヒスーパードライ、損保ジャパン日本興亜、SANKYO、大和証券
  • 2017年-: プレミアム・モルツ、新宿健診プラザ、FieLES、アートネイチャー、OIZUMI、フコク生命(左に当社キャラクターのハローキティ)、コニカミノルタ→竹中工務店→セノン、Canon、積水ハウス、CASIO、アサヒスーパードライ、損保ジャパン日本興亜→野村不動産グループ、SANKYO、大和証券
  • ※2017年現在、後楽園球場時代からのスポンサーはサントリー、フコク生命、大和証券の3社。

  • 1988年 – 1990年: Mizuno、キーコーヒー、TDK、ハイクラウン、プロミス、コカ・コーラ、九州石油
  • 1991年 – 1997年: Mizuno、キーコーヒー、TDK、ハイチュウ、プロミス、コカ・コーラ、九州石油
  • 1998年: Mizuno、リニアゲイル、TDK、キーコーヒー、プロミス、コカ・コーラ、九州石油
  • 1999年: 代々木アニメ、キーコーヒー、TDK、コカ・コーラ、九州石油、サン・クロレラA
  • 2000年 – 2002年: 慶應進学会、キーコーヒー、TDK、コカ・コーラ、代々木アニメ、九州石油
  • 2003年: ラクーア、キーコーヒー、TDK、コカ・コーラ、九州石油、Meiji
  • 2004年 – 2007年: ALSOK、キーコーヒー、TDK、コカ・コーラ、九州石油、Meiji
  • 2008年: キーコーヒー、TDK、コカ・コーラ、九州石油、Meiji、わかさ生活、ダンディハウス、伊藤ハム(日本ハム、楽天の試合時はサッポロビール)
  • 2009年 : チョコレートは明治、KEYCOFFEE、東京ケーブルネットワーク、コカ・コーラ、わかさ生活、キョーリン製薬、アサヒスーパードライ、ダンディハウス、伊藤ハム(日本ハム、楽天の試合時はサッポロビール)
  • 2010年 : KEYCOFFEE、東京ケーブルネットワーク、中部衛生検査センター、コカ・コーラ、わかさ生活、キョーリン製薬、アサヒスーパードライ、ダンディハウス、伊藤ハム(日本ハム、楽天の試合時はサッポロビール)
  • 2011年 : KEYCOFFEE、東京ケーブルネットワーク、中部衛生検査センター、コカ・コーラ、クボタ、キョーリン製薬、アサヒスーパードライ、ダンディハウス、伊藤ハム(日本ハム、楽天の試合時はサッポロビール)
  • 2012年 : KEYCOFFEE、東京ケーブルネットワーク、中部衛生検査センター、コカ・コーラ、クボタ、キョーリン製薬、アサヒスーパードライ→叙々苑、ダンディハウス、伊藤ハム(日本ハム、楽天の試合時はサッポロビール)
  • 2013年 : KEYCOFFEE、東京ケーブルネットワーク、中部衛生検査センター、コカ・コーラ、クボタ、キョーリン製薬、エステティックTBC、ダンディハウス
  • 2014年 – 2017年: KEYCOFFEE、東京ケーブルネットワーク、中部衛生検査センター、コカ・コーラ、J-オイルミルズ、キョーリン製薬、エステティックTBC、ダンディハウス
  • 2017年 – : KEYCOFFEE
  • ※2008年(平成20年)現在、後楽園球場時代からのスポンサーだったミズノと森永製菓は1997年(平成9年)限りで降板し、後楽園時代からのベンチ広告のスポンサーはキーコーヒーのみとなった。東京ドーム初年度からスポンサーになっているTDKは、東京ドーム完成後にベンチ広告のスポンサーになっており、後楽園球場はベンチスポンサーではなかった。

    スコアボードの変遷

    1988年(昭和63年)の完成時、スコアボードは、バックスクリーン側の三菱電機製白黒2色の「スコアボード」とフルカラー表示の「オーロラビジョン」、バックスタンド上部にある白黒2色のサブボード(スコア表示のみ)だった。打順のチーム名表示は開場初年のみ「巨人」・「阪神」などの通称を使用していたが、翌年から「ジャイアンツ」・「タイガース」といったニックネームに切り替わっている(文字はどちらも明朝体)。2003年に、後述するスコアボード部改修を機に再び通称表示(パ・リーグの場合は「大阪近鉄」・「福岡ダイエー」・「千葉ロッテ」等)に変更されたが、2004年にニックネームに戻された(2003年以降の文字はどちらもゴシック体)。

    オーロラビジョンは1990年(平成2年)にハイビジョンサイズへ変更、1999年(平成11年)に全面改修された。2001年(平成13年)にサブボードも三菱電機製のフルカラー表示の全面オーロラビジョンに全面改修された。

    2003年(平成15年)にスコアボード部が改修され、ホームラン時の映像パフォーマンス(ホームチームのみ)が上半分の表示から全画面表示になった。各選手の打率 (AV) 、ホームラン (HR) 表示に打点 (RBI) が加わった。球速表示も単位が”km“から”km/h“に変更され、スコア部分のチーム名表示が普通のアルファベットから各球団の帽子のマークに変更された(2004年以降の西武と近鉄は帽子のマークがイラストのみのため、西武は胸マークの「L」の筆記体、近鉄は太字の「Bu」が使用された)。選手名に使用されていた文字の字体が多少変更された。2004年(平成16年)のシーズン途中からは、サブボードの球速表示部分にも打席の選手名、打率 (AV) 、ホームラン数 (HR) が表示されるようになった。球速表示はその下に表示される。

    2005年(平成17年)にバックスクリーン側のスコアボードとオーロラビジョンの全面改修が行われ、フルカラーLED表示の全面オーロラビジョンになった。フォントがCanonの角ゴシックCaに変わり、従来のものと違い両チームのメンバーを上から下へ縦表示になり、守備位置表示が数字から英語略称になった(投手=P、捕手=C、一塁手=1B、左翼手=LF、代打=PH、代走=PRなど)。2つの境目がなくなったことで、選手交代時に守備と選手名の部分が上から下へ回転して変わる、などさまざまな映像表現が可能となった。チーム名は最上部にチームロゴで表示される。10億7,000万色の発色が可能となり、日本の野球場では最高レベルの鮮明な画像が見られる。縦組みのメンバー表示は後楽園時代の1987年以来の復活となった。バックネット裏スタンド最上部のオーロラビジョンもバックスクリーンと同じ尺度のスクリーンになった(スコア+打者の個人成績/リプレー映像/来場者映像の表示のみ)。文字を表示しない枠にあたる部分は緑色になっている。

    2006年(平成18年)から、バリアフリー対策の一環で選手名部分の字体の幅が大きくなった(それ以外はこれまで通り)。その影響でペットマークを表示していた部分がなくなり、チーム名を選手名の上部に表示するようになったため、一列に入る選手名が9人分となった。このため指名打者制の試合時は、5番打者の名前の横(3塁側のチームは右側、1塁側のチームは左側)に投手名が表示されている。

    2007年(平成19年)より、スコアボードをより見やすく・わかりやすくするため、守備位置表示が英語略称から日本人になじみのある数字に戻り、投球数表示が追加され、オーロラビジョン部分がハイビジョンサイズ (16:9) になる。打率・ホームラン・打点の表示も英語から日本語に変わった。枠の色が緑から文字の部分と同じ黒に変更されており、球速やヒット、エラーなどの記録は黄色で表示される。前年開催された2006 ワールド・ベースボール・クラシックアジアラウンドで投手の投球数制限をわかりやすくするために使用された投球数表示をこのシーズンから公式戦でも使用し始めた(巨人主催試合のみ、日本ハムをはじめとするパ・リーグやアマチュアでは表示されない)。

    野球の試合で使用する場合、スコアの表示は開設当時は9回まで(10回以後は9回までのスコアを消去して10回から18回までのスコアを表示する)だった。2003年(平成15年)の改修に際して、延長戦の表示について、プロ野球のように延長が12回までしか行われない場合は1回から9回までのスコアの幅に1回から12回までのスコアを、幅を詰めて表示するようになった。都市対抗野球大会など、延長が13回以降も行われる可能性がある場合は、従来通り9回までのスコアを消去して10回から18回までのスコアを表示する(現在のスコアボードも同様)。2007年(平成19年)からスコア部分のチーム名表示がアルファベット1文字になった(2011年までは横浜とオリックスは共に「B」と表示されていた)。但し、2文字以上表示することも可能であり、2008年のアジアシリーズはSKワイバーンズが「SK」・統一セブンイレブン・ライオンズが「U・L」・天津ライオンズが「T・L」と表示され、2012年に行われたMLB開幕戦ではシアトル・マリナーズが「SEA」・オークランド・アスレチックスが「OAK」と表示された。2012年からDeNAは「DB」と表示されている(オリックスは「B」のまま)。

    2011年シーズンから国際慣習に基づき、ボールカウントを「SBO」から「BSO」表示に変更した。 2017年からは右下のスペースに投手成績、打者成績が表示されるようになった。投手は打者、奪三振、被安打、四死球が表示されており、打者は試合数、安打数、四死球、得点、長打率、出塁率、盗塁数、得点圏打率が表示されている。

    放送席

    ネット裏の放送席の配置は、三塁側から順に東京ケーブルネットワーク、ニッポン放送、ラジオ日本、テレビ朝日、NHK、日本テレビ、文化放送、TBSラジオ、6局共用ブース(北海道放送、CBCラジオ、ラジオNIKKEI、RKB毎日放送、朝日放送、毎日放送)となっている。ラジオNIKKEIは現在プロ野球放送なし。HBCとRKBは交流戦の巨人主管試合、あるいは日本ハム(過去にソフトバンク・オリックスも)主管のパ・リーグ公式戦で、CBCは巨人主管試合で聴取率調査期間や一部週末デーゲームを自社制作する際に使う程度である(後者の場合はTBSのブースを借りる場合もある)。東京ケーブルネットワークの放送席は地上波のテレビ埼玉(過去に千葉テレビ放送も)、CS放送のGAORA(プロ野球・日本ハム主管試合と都市対抗社会人野球)、スカイ・エー(アメリカンフットボール社会人Xリーグ)、BS放送のJ SPORTS(プロ野球・楽天主管試合とアジアシリーズ)に使われるほか、ラジオの巨人主催試合をABCとMBSが並行して制作する場合にABCが使用する(この場合、MBSが前述の6局共用ブースを使用。2010年以降週末を挟む三連戦で文化放送が中継を一切行わない場合、ABCは文化放送のブースを使うこともある)。

    放送席に入るために一度コンコースを通らなければならず、観客が解説者などにサインをねだる光景がみられる。日本テレビの番組宣伝などで中継ゲストに有名芸能人が登場したときは試合終了後に放送席裏のコンコースが人だかりして混乱する。

    野球殿堂博物館

    21番ゲート右側に野球殿堂博物館が併設されている。この施設も後楽園球場から「野球体育博物館」の名称で受け継がれてきたが、2013年4月1日に現在の名称に変更された。

    大規模改修工事

    2016年12月が会社創立80周年に当たることから、同年1月から2019年1月の3年間にわたり、1988年の開業以来初となる大規模改修工事を行う。総事業費は約50億円で、一部休業期間を設けるが基本的に営業を継続しながら段階的に実施する。主なリニューアル内容は以下の通り。

  • バックネット裏の1階内野観客席に人工皮革を使ったシート481席を新設(2016年1月?3月)
  • ダイヤモンドボックス席160席とチャンピオンシート321席を用意、いずれも黒のレザークロスを使用し、クッション性が高く座席幅が従来の約1.2?1.3倍と広くなったシートを採用、いずれも電源コンセントを備えるほか、ダイヤモンドボックス席は取り外し可能なトレイ、肘掛け一体型のドリンクホルダー、野球中継やリプレイ、選手データを見ることができるタブレット端末、荷物用フックも備える。
  • これに合わせる形で記者席が3塁側に移動する。
  • 内野観客席を全席改良(1階:2016年1月?3月、2階:2017年1月?3月)
  • 1階席は背もたれと座面にパットを装着し、1階席・2階席ともに座席角度を調整して膝前スペースを従来の約1.5倍に拡張することで、快適性を向上させる。
  • アリーナ照明のLED化(外野側:2016年3月、内野側:2017年3月)
  • メタルハライドランプ約1,200灯からパナソニック製のLED投光器約700灯に変更、これにより消費電力が約54%削減可能となるほか、演出効果の高い照明環境を実現出来る。
  • 最新音響システムの導入(外野側:2016年3月、内野側:2017年3月)
  • バックスクリーン側にメインスピーカーとして最新のラインアレイスピーカー22台を設置するなど、ライブ会場などで使用されている最新システムに更新し、音の遅延低減や均一な音場など、快適な音響環境を提供する。
  • 全てのトイレの便座を温水洗浄便座に変更(2016年3月)
  • 周辺環境の整備(2016年2月?2019年1月)
  • 緑地化や人工地盤の整備、エレベーターや階段の新設、公衆トイレの改修、外灯の増設やLED化などを行う。
  • エピソード

  • こけら落としを名乗るものは最初の催事である巨人対阪神タイガースのオープン戦の他、美空ひばりの復活コンサートがある。その間に東京ドームオープニングイベントとして行われた世界各国のマーチングバンドとTHE ALFEEの共演によるコンサート、マイク・タイソンの世界タイトル防衛戦、ミック・ジャガーやHOUND DOG、BOOWYのコンサートが行われているがこれらの扱いは不明で、これら全てがこけら落としと表現されていることもある。
  • 公式戦での初本塁打は、ヤクルトスワローズのダグ・デシンセイが桑田真澄から放ったものである(巨人の東京ドーム公式戦初本塁打はウォーレン・クロマティが尾花高夫から記録)。試合での初本塁打はオープン戦初戦の吉村禎章が初の打者となる
  • 初の公式戦勝利投手は尾花、公式戦セーブは伊東昭光、公式戦敗戦投手は桑田。
  • 1989年4月24日、新日本プロレスが当時国交が希薄だったソ連勢のレスラーを招聘し初のドーム興行を行い、そのメインイベントでアントニオ猪木がミュンヘン五輪金メダリストのショータ・チョチョシビリに唯一の異種格闘技戦敗退を喫す。並行してIWGPヘビー級トーナメントの闘強導夢杯も行われる。
  • 1990年2月11日、ボクシング・世界ヘビー級タイトルマッチにおいて当時王者だったマイク・タイソンがジェームス・ダグラスにKOで敗れる。
  • 1990年8月10日、読売ジャイアンツ – 中日ドラゴンズ戦が行われる予定だったが、当日接近した台風の影響で東海道新幹線がストップ、名古屋から中日の選手陣が上京できなくなったため、当日の試合は中止になった。これは日本のドーム球場にて試合中止となった最初の事例。
  • 1995年10月9日、新日本プロレスとUWFインターナショナルの全面対抗戦が行われ、ドーム史上空前の67000人を集めるが、ファン同士で乱闘さわぎがおき問題となる
  • 1998年、1月4日、長州力の引退試合が行われ、65000人を動員した。
  • 1998年、4月4日、アントニオ猪木の引退試合が行われ、70000人を動員した。
  • 1998年、開場10周年を記念して1番ゲートを「王ゲート」、3番ゲートを「長嶋ゲート」と称された。これは後楽園球場時代の名残である。2000年、二人は読売ジャイアンツVS福岡ダイエーホークス(当時)の日本シリーズで監督として対決となるが同球場は1塁側ベンチを巨人の長嶋、3塁側ベンチをダイエーの王が使用している。巨人の監督として、王は背番号1(1988年)、長嶋は背番号3(2000年~2001年)、とそれぞれ現役時代の背番号を付けて指揮していた。
  • 2000年4月7日、新日本プロレスが当時勃発していた橋本真也と小川直也の遺恨決着をつけるべく「橋本真也34歳負けたら即引退試合」を組み、ゴールデンで中継する。結果橋本は敗北した。
  • 2002年の日テレG+開局からは日本テレビのニュース番組のスポーツコーナーでの放送と実況放送を分離する放送を開始。
  • 1990年代の新日本プロレス主催の大会は「闘強導夢」という当て字が使用されていた。1月4日、5月、10月などその後恒例化。
  • 2002年12月7日、K-1 WORLD GP 2002 FINALでドーム史上最高の74,500人を動員。
  • 2004年にストロングリーグによっておこなわれた全国軟式野球統一王座決定戦・ジャパンカップの決勝戦では、草野球大会としてはじめて沖縄県のチームが来場し千葉県代表チームに勝利し優勝を飾り、胴上げをおこなった。
  • 2007年7月22日、KinKi Kidsがコンサートはドーム史上最高の67,000人を動員。
  • 2010年12月25日、LUNA SEAが入場無料ライブを行う。ただしドレスコードを儲けており入場できるのは「黒服」だけとした。
  • 2011年6月11日、12日 氷室京介が東日本大震災チャリティライブ、2日間で11万人を動員し、チャリティライブとしては最大の動員数。
  • 東京ドーム内見学(ガイドつきツアー)と呼ばれている見学会がある。ガイドによる案内で、スタンド席やグラウンド等を見学する事ができる。
  • WWE公式サイトはレッスルマニアを開催するべき会場として紹介した。
  • 2014年3月30日、プロ野球巨人対阪神3回戦で、試合中に大竹寛が打ったフライを追いかけた西岡剛が味方選手の福留孝介と激突。西岡は頭から地面に叩きつけられたため起き上がれず、その場で西岡を診察した医師の判断により、試合中であったがグラウンド内に救急車を直接乗り入れさせ病院へ搬送させた。救急車はバックスクリーン下の車両搬入口からシャッターを開閉して出入りした。
  • 台湾はドーム球場や大型屋内競技場のことを巨蛋と呼ぶが、これは東京ドームの愛称であるBIG EGGをそのまま直訳したものが由来となっている。
  • 胴上げ

    東京ドームでセ・リーグ優勝決定時に胴上げされた巨人の監督は、1990年の藤田元司、2000年の長嶋茂雄、2007年・2009年・2012年・2013年の原辰徳の3人である。1990年と2000年の優勝決定は、ともに背番号7をつけた巨人の選手(1990年-吉村禎章、2000年-二岡智宏)がサヨナラホームランで優勝を決めている。2007年もサヨナラ勝ちによる優勝決定で、相手の打者を抑えた優勝決定は2009年と2012年と2013年の3回のみである。日本シリーズで東京ドームで優勝を決めて胴上げされた巨人の監督は、1994年と2000年の長嶋、2012年の原の2人である。

    巨人の監督の胴上げに比べて、巨人の対戦相手チームの胴上げは少ない。巨人の優勝が多いことや中止が少なく終盤に試合が少ないことも要因である。セ・リーグは2006年の中日ドラゴンズ(監督・落合博満)、2016年の広島東洋カープ(監督・緒方孝市)、日本シリーズは2008年の埼玉西武ライオンズ(監督・渡辺久信)だけで、開場からこれらまでの期間が長く、その間は「巨人が東京ドームで敵将の胴上げを見ることはない」ジンクスとされてた。後楽園球場で最後に巨人が敵将の胴上げを見たのは、セ・リーグは1975年の広島東洋カープ(監督・古葉竹識)、日本シリーズは1977年の阪急ブレーブス(監督・上田利治)までさかのぼる。

    対して日本ハムファイターズは、東京ドームを本拠地とする時代はリーグ優勝自体がなかった。本拠地移転後の2006年のアジアシリーズで優勝し、ようやく東京ドームでの胴上げを果たしている。

    アジアシリーズ

  • 2005年11月13日 ロッテ5-3三星 観衆37,078人
  • 2006年11月12日 日本ハム1-0La New 観衆24,580人
  • 2007年11月11日 SK5-6中日 観衆21,091人
  • 2008年11月16日 西武1x-0統一 観衆18,370人
  • 日本シリーズ

  • 1994年10月29日 巨人3-1西武 観衆46,307人
  • 2000年10月28日 巨人9-3ダイエー 観衆44,033人
  • 2008年11月9日 巨人2-3西武 観衆44,737人
  • 2012年11月3日 巨人4-3日本ハム 観衆45,018人
  • クライマックスシリーズ

  • 2008年10月25日 巨人6-2中日 観衆46,797人
  • 2009年10月24日 巨人8-2中日 観衆46,535人
  • 2012年10月22日 巨人4-2中日 観衆44,351人
  • 2013年10月18日 巨人3-1広島東洋 観衆46,081人
  • パシフィックリーグ

  • 1992年 9月30日 日本ハム5-14西武 観衆52,000人
  • セントラルリーグ

  • 1990年 9月8日 巨人3x-2ヤクルト 観衆56,000人
  • 2000年 9月24日 巨人5x-4中日 観衆55,000人
  • 2006年10月10日 巨人3-9中日 観衆42,030人
  • 2007年10月10日 巨人5x-4ヤクルト 観衆46,260人
  • 2009年 9月23日 巨人5-3中日 観衆46,335人
  • 2012年 9月21日 巨人6-4ヤクルト 観衆46,290人
  • 2013年 9月22日 巨人2-1広島東洋 観衆46,246人
  • 2016年 9月10日 巨人4-6広島東洋 
  • WBSCプレミア12

  • 2015年 11月21日 韓国 8-0 アメリカ合衆国 観衆40,114人
  • 読売との資本関係

    東京ドームは、巨人の本拠地だけに読売新聞グループ本社の子会社であると捉えられる場合があるが、2015年現在グループ本社は大株主に含まれない。資本的にみずほ銀行・富国生命保険・竹中工務店らとの関係が強い。ただし企業としての株式会社東京ドームは、株式会社よみうりランドの大株主の一社である。

    球場使用料

    東京ドームの球場使用料は、2015年現在は7時から24時までの1日で観客数に関係なく税抜きで1,700万円。ただし観客を入れない場合は準備日料金となり1日650万円である。高い使用料が日本ハムの札幌移転の理由の1つとなった(札幌ドームの球場使用料は1試合あたり「基本料金800万円+観客が2万人を超えるごとに1人当たり400円追加」で、最大1600万円強)。

    この金額は照明、アナウンス、ゴミ掃除など観客を入れるための各種オプションも含まれた金額である。オフシーズン、平日、昼間、草野球(2時間程度)、オプション無し、などの条件であれば数十万で貸し切ることができる。使用に関しては22時以降0時20分までや23時30分から深夜5時までという深夜の使用も認められている。ただし、12月~2月までの間については草野球の貸出を行っていない。

    マスコットキャラクター

    日本ハムの東京ドーム時代のマスコットキャラクター・ファイティーは、当初北海道への移転とともに役目を終える予定だったが、女性を中心としたファン達の嘆願により東京ドームでの主催試合限定のマスコットキャラクターとして2005年(平成17年)まで登場し、2006年(平成18年)以降は重大イベント限定での登場となった。日本ハム戦は親会社の商品マスコットであるハムリンズも2005年以降登場している。

    東京ドームMVP賞

    事実上の前身となる後楽園球場時代の1980年から制定された球場独自の表彰で、東京ドームへの機能移転に伴い現在の賞名となった。

    東京ドームを本拠とする球団に属する選手(創設当初は巨人・日本ハム、2004年以降は巨人のみ)で、同球場で最も活躍した選手1名を表彰して賞金300万円を贈呈し、記念プレートを球場内コンコースに永久展示する。年度によって最も活躍した本拠球団の新人選手1名も「新人特別賞(100万円)」が贈られる場合がある。

    ※1980年から1987年までは、「後楽園MVP賞」。1988年以降は、「東京ドームMVP賞」。

    野球以外での利用

    東京ドームは野球以外にも、新商品展示会・新車発表展示会など多目的利用ホールとしても活用されている。野球がない日でも東京ドーム外に露店が出ていたり何らかのイベントが行われていたりすることもある。

    多目的ホール

    1990年代半ばまでは多目的ホールとしても首都圏最大級の規模であり、東京中心部の一大ランドマークとして存在感も大きかった事から、主に関東域外の地方自治体や観光協会が開催する地方物産展などの物販催事、富士通をはじめとした大手企業の新製品展示会など、いわゆる見本市会場的な用途としてもコンスタントな需要があり、最盛期は野球を始めとする各種スポーツ競技の開催日程を縫うように各種イベントの予定が入っていることも多く、年間を通じて非常に稼働率の高い施設であった。

    コンサート会場

    東京ドームでコンサートをする場合、音がかなりこもるために、スピーカーの設置などに注意を要する。年々、残響音対策や騒音対策のノウハウが蓄積されてゆき、現在はドーム内全体を黒いカーテンで覆うようにしている(1階席のみ)。

  • コンサートで利用する場合、消防法と警視庁からの指導、および観客の転落防止のため、2階席と外野席の最前列(1列目)は、緩衝地域となり、原則として客席として利用できない。ただし、近年は一部の公演で客席として使用する場合がある。
  • 2008年11月18日に行われたビリー・ジョエルの公演は、2階席1列目を「立見禁止席」として使用。
  • 2009年7月4日・5日に行われた東方神起の公演は、バルコニー席・2階席・外野席の1列目を「着席シート」(立見禁止)として使用。バルコニー席の1列目は立見禁止ではない。
  • 2009年12月4日-6日と2010年11月19日・20日に行われた嵐の公演は、2階席・外野席の1列目を「着席シート」(立見禁止)として使用。
  • 2009年12月19日に行われたガンズ・アンド・ローゼズの公演では、2階席1列目が使用されたが、特に「立ち見禁止」等の規制は設けられなかった。
  • 2010年11月3日に行われたPerfume、2010年12月5日に行われた倖田來未の公演は、2階席・外野席の1列目も使用したが、2階席1列目のみ「立ち見禁止」とした。倖田來未は、2階席1列目を「ファミリーシート」の名称で使用。
  • X JAPANのコンサートの際、「X」のサビで両手をX字にしてジャンプする「Xジャンプ」のパフォーマンスが定番になっているが、東京ドームで5万人がジャンプすると振動が東京ドーム外へおよぼされるため、文京区は「X」に演奏を自粛要請したが、YOSHIKIは強行した。10年後の復活ライブ「攻撃再開 2008 I.V.?破滅に向かって?は「ジャンピング禁止」の張り紙が各所に貼られるも決行された。文京区と東京ドーム側の東京ドーム使用の条件は「Xジャンプを誘導しないこと」であったため、ファン各々が自発的に行ったとして不問となる。
  • 演奏は近隣住民の騒音への配慮により、原則として午後9時30分(年末のカウントダウン公演は、午前0時30分)以降は音を出さない。終演が規定時刻を超過した公演もある。
  • イベント・その他

  • 1988年から1992年、1998年に「アメリカ横断ウルトラクイズ」(日本テレビ)の第一次予選にも使用されていた。
  • 1988年と1990年に日本テレビ・電通・帝拳プロモーションのタイアップでマイク・タイソンのプロボクシング統一世界ヘビー級タイトルマッチが行われた(2度とも前座に新日本木村ボクシングジム所属の日本王者によるチャンピオンカーニバルの防衛戦。1990年の前座に辰吉丈一郎のプロ2戦目も組まれた)。
  • 1989年ではじめて格闘衛星☆闘強導夢を開催してから新日本プロレスが毎年プロレス興行を行っている。1992年からは毎年1月4日に行われるようになり、年3本ペースほど東京ドームで興行を行っていたが、2007年からは毎年1月4日のみ興行が行われる。詳細は「レッスルキングダム」参照。
  • 1991年より、毎年2月に「世界らん展日本大賞」が開催されている。らん展をメインにした、はとバスなどのパッケージツアーが多く組まれ、現在は毎年冬の東京ドームの風物詩となっている。
  • 1992年からアメリカンフットボールの日本選手権「ライスボウル」の試合会場として利用されており、毎年1月3日に開催される。
  • 1993年にJリーグのプレシーズンマッチで使われた。そのために簡易装着できる天然芝、ビッグエッグターフが開発されている。1994年2月にもジュビロ磐田vsクルゼイロECの試合が行われた。
  • 1997年より2006年までK-1グランプリ決勝戦の会場として使用していた。
  • 総合格闘技「PRIDE」で1997年10月11日のPRIDE.1を始め5度開催された。
  • 1999年8月、コナミが『遊☆戯☆王』のコンピューターゲームとカードゲームの合同を開催。来場者数についての予測の甘さや人員誘導スタッフの絶対的な不足など、開催側の不備が原因でドーム内外で混乱が発生、マスコミにも取り上げられた。
  • 2003年にハロー!プロジェクト(モーニング娘。や松浦亜弥など)による「Hello!Project スポーツフェスティバル」を開催した。
  • 2003年、当時来日していたレアル・マドリードが公開練習を行う。
  • 2004年、2005年にプロレスリング・ノアがプロレス興行を行った。詳細は「プロレスリング・ノア 東京ドーム大会」参照。
  • 1996年11月7日・8日にNBAの公式戦が行われた。
  • NFLのプレシーズンマッチ「アメリカンボウル」は1989年の初開催以来13回開催されている。
  • MLBの開幕戦が、下記の日程で行われた。2003年3月25日・26日にオークランド・アスレチックスVSシアトル・マリナーズが行われる予定だったが、米英によるイラクへの武力行使により、MLBとMLB選手会が、選手などの渡航の安全を十分に確保できない恐れがあると判断し、中止となった。
  • 2000年:ニューヨーク・メッツVSシカゴ・カブス
  • 2004年:タンパベイ・デビルレイズVSニューヨーク・ヤンキース
  • 2008年:オークランド・アスレチックスVSボストン・レッドソックス
  • 2012年:オークランド・アスレチックスVSシアトル・マリナーズ
  • 2006年7月22・23両日、スーパー戦隊シリーズ30作品と仮面ライダーシリーズ35周年を記念し、歴代仮面ライダーと戦隊が一堂に会した「東京ドームWヒーローフェスティバル」(東映、テレビ朝日主催)が開催された。
  • 2009年9月29日・30日に、ペ・ヨンジュン出演のイベントが、2日間行われた。29日は観客の前で初めてチェ・ジウと共にイベントを行なった。
  • 立正大学が入学試験会場としてグラウンドを使用したことでも話題になった。ただし、これは校舎建て替えに伴うものである。
  • 大手百貨店の三越が、入社式と社員大運動会を東京ドームを借り切り同日開催したことがある。入社式に続き運動会を開催したため社員全員がジャージー姿で出席した。開催年度は不明。
  • 2009年より、毎年1月に日本各地の特産品や伝統行事が集結する「ふるさと祭り東京」(主催:ふるさと祭り東京実行委員会(現在はフジテレビジョン・文化放送・東京ドーム))が開催される。3回目の2011年よりスペシャルプロデューサーに小倉智昭が就任。こちらも、前述の世界らん展同様に、毎年冬の東京ドームの風物詩となっている。
  • 2011年4月27日 – 5月1日、テレビアニメ「ONE PIECE」のイベント「ワンピース ドームツアー」が行われた。
  • 興行の内容やジャニーズ事務所系の場合は、主催者の意向により、球場内の売店でのアルコール類の販売が行われない場合があるが、バーガーショップなど球場外の売店で販売されている。
  • 2011年と2015年と2016年にSCRAP主催の体感型謎解きイベントである『リアル脱出ゲーム』が開催され、2011年はオリジナル作『あるドーム球場からの脱出』、2015年はONE PIECEとのコラボ『頂上戦争からの脱出』東京最終公演(神宮球場で東京公演と東京追加公演を実施した)、2016年はオリジナル作『東京ドームダンジョンからの脱出』が行われた。
  • 2016年6月23日は初となるソフトボールの試合『日米対抗ソフトボール』が行われる予定。
  • 最寄駅

  • 水道橋駅?春日駅?後楽園駅
  • 東京メトロ南北線は東京ドームの真下を通っている。



    ※ 参照元:https://ja.wikipedia.org